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オラフ・ヘンリクセン/wikipediaより引用

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アメリカ

オラフ・ヘンリクセン~100年以上前に活躍したデンマーク人唯一の大リーガー 伝記を執筆中

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今から100年以上前にデンマークから移民し、大リーガーになったオラフ・ヘンリクセンという選手がいます。

同国出身の大リーガーとしては未だに唯一だそうで、興味を持ったデンマーク人ジャーナリストが渡米し、子孫に取材。目下、伝記を執筆中なのだそうです。

不明な点が多く、かつ「とっつきにくい人だった」と見なされたエピソードについても「デンマークとアメリカの文化の違いによるものだ」と指摘。なかなか面白そうな内容になりそうです(TOP画像がオラフ・ヘンリクセン/wikipediaより引用)。

 

代打で出塁率4割! 今ならジャイアンツが速攻でスカウト?

まずはオラフ・ヘンリクセンについて、ウィキペディアより引用させてもらいます。

ヘンリクセンは外野手だったが、当時レッドソックスの外野はダフィー・ルイスハリー・フーパートリス・スピーカーの不動の3人で固められ、レッドソックスでは主に代打と、外野の控えとしての役割を担っていた。小柄で長打が少ないながら出塁率が高く、1911年から1914年の4年間の出塁率はいずれも4割を超えた。ワールドシリーズ制覇も3度経験しているが、1912年のワールドシリーズでは、最終戦で代打で出場し、相手ジャイアンツのクリスティ・マシューソンから同点の二塁打を放つ活躍も見せた。

出塁率4割ってのは凄いですよね。頼もしい代打って、高橋由伸サンなら「今なら何時でも入団させるんだけどなぁ」とつぶやく事でしょう(ケッ、阪神ファンとして言うたったわ)。

一方で、何故アメリカに移住したのか等、その生涯には謎が多い人物でもあります。実際、ウィキペディア日本語版も短い記述ですよね。英語版でも、渡米の経緯は不明だとしています(Not much is known about the reason for his immigration to the United States.)。

そんな状況に興味をいだいたのが、母国デンマークのジャーナリスト、ジャニク・ベイ・ハンセン氏でした。

 

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マサチューセッツの街に足を運び、地元紙から逆取材

ハンセン氏はコペンハーゲン出身。カントン・シチズン紙からインタビューを受けています(写真はサイトより引用させていただきました)。

Jannik Bay Hansen/カントン・シチズン紙サイトより引用

母国のデンマークでも忘れ去られたというか、そもそも知られてない人だったようで(考えてみれば当たり前で、野球よりサッカーの国ですものね)、ハンセン氏自身がヘンリクセンの存在を知ったのは2010年。「大晦日に人を待っている間に暇つぶししようとネットサーフィンをしていたら、偶然に見つけたんだ」(ご本人)。

それまで野球のことは殆ど知らず、唯一知っている野球選手はベーブ・ルースだけ。ほぼ毎日のように取材を重ねて来ましたが、野球のルールを学びながらの作業となりました。その間、双子の娘さんが生まれるなど、私生活がバタバタしたものの「書かないといけないと思ったんだ。オラフを覚えている人が存命だし、そういう人達に語ってもらおうと」。

そして2017年6月、ついに渡米。マサチューセッツ州のカントンに在住の孫娘に当たるマリー・リアリーさんに面会・取材したのです。2013年にメールし、快諾を受けて以来4年越しの実現でした。同時に、生前のヘンリクセンを知る関係者を紹介してもらいました。

 

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とっつきにくい性格は「控えめであれ」というデンマーク人の文化?

同じデンマーク出身者ならではの視点で発見した事もあったそうです。例えば、生前のヘンリクセンは地元では大人気だったのですが、本人は控えめで、どこかしら名声に居心地の悪そうな態度を取っていました。また、ウィキにも載っている1912年のワールド・シリーズの同点打(これは今なお地元で語り草なのだとか)を達成した後も、勝利に酔いしれ大騒ぎするナインを尻目にさっさと家に帰ってしまったというエピソードが残っているなど「とっつきにくい性格」と思われているそうです。

ともすれば浮いてしまったり、総スカンを食らってしまいそうな態度ですが、ハンセン氏から見ると「それは目立たずに、ほどほどにというデンマーク人の文化に根ざす」のだとか。ヘンリクセンは幼少期にアメリカに移民。両親の影響を色濃く受けながら育ったからだろうと推測しています。

今後、野球殿堂などにも足を運び、取材旅行を続けていくというハンセン氏。ベーブ・ルースのピンチ・ヒッターを務めた事(まだヤンキースに移籍する前でした)や、私生活ではトランプをする仲だった事なども突き止めました。この下りはウィキペディアの英語版にも書かれていないので「歴史的スクープ」ですね。

なお、ご本人はデンマークのコーディネーターともども、帰国前にニューヨークでメッツ戦を観戦するそうです。フィールドの雰囲気に100年前のそれを重ね合わせて、良き伝記として欲しいものです。

南如水・記

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参考:カントン・シチズン紙 オラフ・ヘンリクセン/wikipedia

 




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