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『安部龍太郎「英雄」を歩く』を世界最速レビュー

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今、一番ホットな歴史小説家といえば『等伯』で直木賞をとった安部龍太郎さんだ。
その安部さんが戦国のヒーローの姿を追い求めて城や史跡を歩くコラム集『安部龍太郎「英雄」を歩く』を刊行。20日発売の新刊をレビューする。

「等伯」の作成秘話から戦国最強武将まで

この新刊は、月刊「ニュートップリーダー」(日本実業出版社)で連載された「”英雄”を歩く」を改稿したもの。数々の現地取材により、148回直木賞受賞の「等伯」をはじめ、「蒼き信長」「下天を謀る」「レオン氏郷」「五峰の鷹」など多数の名作が生まれた。安部さんが取材に基づいて、戦国時代の小説を描いていることが分かる。
戦国の史跡の旅を追想できるだけでなく、「作家のネタ帳、あるいは創作ノートとして楽しんでいただければ幸いである」(まえがき)という。
例えば「等伯」の作成秘話も披露。

長い間信長を中心とした歴史小説を書いているうちに、江戸時代に作られた歴史像がいかに大きな影響を持っているかを思い知らされた。
たとえば桶狭間の奇襲説がいい例で、「そうではない。本当はこうなのだ」と言っても、通説を信じておられる読者の耳にはなかなか届かない。
これをどうしたら打ち破れるかと考えた末に、絵師の物語を書いたらどうかと思いついた。絵師ならば本人の作品が残っているので、江戸史観や時代のへだたりを飛び越えて直に対話することができる。(236ページ)

本書の構成は以下の通り。
1章 「城」を歩く
2章 「戦跡」を歩く
3章 「社寺」を歩く
4章 「山」を歩く
5章 「海」を歩く

 

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戦国武将“最強”信者も多い立花宗茂についても

このなかから戦国最強の武将論で、マニアならば必ずトップ候補にあげられる立花宗茂の項を見ていこう。
「戦跡」を歩く、の「立花宗茂と立花城」(98ページ~)だ。

東の本多忠勝、西の立花宗茂と称されるリアル戦国無双/wikipediaより引用

立花宗茂は、関ヶ原の合戦で西軍についたために切腹の可能性99%だったが、あまりの勇将ぶりに、東軍の黒田長政加藤清正(朝鮮出兵のときの戦友)が自分たちの手柄を返上しても助命を願ったために、助けられ、大名の地位の保った稀有な武将だ。関ヶ原で西軍で助かったのは、前田百万石を前哨戦で苦しめた丹羽長重などごくわずかである。

宗茂が”武将界”に武名をとどろかしたのは、秀吉の天下統一直前、九州で、薩摩の島津氏が大攻勢をかけ、筑前(福岡県)の立花城を襲った時だった。

この戦いは、猛将の父(立花道雪)が急死し、劣勢となった宗茂と弟、その実父(宗茂は養子に出された)による壮絶なサバイバルであった。

父と弟はそれぞれ700余りの兵で、二つの城(岩屋城・宝満城)に立て籠もり、本城の立花城には20歳の宗茂が2500の兵で守る。総勢5000。
対する島津軍は10万で、風前のともしびだ。

主君(*大友)宗麟の要請を受けた秀吉が、九州征伐の大軍を出すと確約している。その先陣が到着するまで持ちこたえれば、島津勢を撃退できる見込みがあったのである。

父の岩屋城は15日間の奮戦ののち762人の全兵玉砕。弟の宝満城も陥落。島津は次に本城を狙った。

斥候を出してそのことを知った宗茂は、籠城すると見せかけて打って出たり、敵が攻め寄せてくると中から痛撃を与えたりと、変幻自在の戦法で島津勢に付け入る隙を与えなかった。

まもなく秀吉軍の毛利隊が到着して、島津軍は撤退。それでホッとするではなく、宗茂はさらに追撃して、岩屋城・宝満城だけでなく敵方の城を奪取してしまう猛将ぶりを見せたのだった。

秀吉は、20倍の敵から守り抜いただけでなく、その後、さらに敵方の城を奪うことに驚き、感謝状を送った。

秀吉は、諸将や側近を集めて夜話をすることを好んだ。
ある夜のこと、側近の一人が「世に名将と呼ばれる方は多いのですが、いったい誰が本当にその名に値いたしましょうか」とたずねた。
すると秀吉は即座に「西の立花、東の本多」と答えたという。西国では立花宗茂、東国では本多忠勝だという意味である。

すべての項目に地図が乗っていて、戦国の旅をするときの参考書にもなる。ひとつひとつの話にそれほど目新しいことが盛り込まれているわけではないが、直木賞作家の創作の種を知りたい人にはオススメだ。価格は1,575円。




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