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艦これファン必読『帝国海軍と艦内神社-神々にまもられた日本の海』書評

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日本の軍艦の“はじめて物語”と軍艦の遺産が、今も日本各地の神社に残されている!

そんな史実を掘り起こした、若き歴史学者の著書が熱い!

よちよち歩きの近代国家日本に立ちふさがる中国海軍

明治維新から30年も経っていない1894年、日清戦争が起きました。当時の戦争の花形は軍艦。軍艦から発射する砲弾をどれだけ遠くまで飛ばせるかが勝敗の鍵を握ります。

当時清国には、「定遠(ていえん)」(1885年就役)と「鎮遠(ちんえん)」(1885年就役)というドイツ製の軍艦が2隻ありました。30.5インチ砲を4門持ち、その射程距離は7800m。当時世界最新鋭の軍艦でした。

日清戦争より遡ること8年前の1886年、この「定遠」「鎮遠」の水兵達が日本の長崎で事件を起こしました。修理のために長崎港に入港した清国海軍の「定遠」「鎮遠」「済遠(さいえん)」「威遠(いえん)」計4隻の軍艦の水兵達が、勝手に長崎に上陸し、乱暴狼藉を働いたのです。結果、日本・清国双方に多数の死傷者を出しました。

この事件は最終的に英独の斡旋を経て解決しましたが、圧倒的な軍事力を持つ清国は日本に対して常に高圧的な態度を取り、当時の日清関係は常に清が有利に立っていました。

そこで日本は1892年、「定遠」「鎮遠」に対向する軍艦として、直系32センチ、射程距離8500mの主砲を1門持つ、「松島」と「厳島」という軍艦をフランスから購入しました。そしてこれらの軍艦を元に2年の歳月をかけ、「橋立」という初の国産の軍艦を建造しました。これらの軍艦は「日本三景」から艦名を取ったので「三景艦」と呼ばれます。

何とも風流なネーミングですが、しかし余裕があったわけではありません。清国の「定遠」と「鎮遠」はそれぞれ射程距離7800mの主砲を4門持っていますが、日本の「松島」「厳島」「橋立」は射程距離8500mの主砲を1門持つのみ。清国は7800m…日本は8500m……日本は700m遠くまで飛ばせる分有利……だけど主砲は計3門しかない……それに対して清国は計8門……。

そして1894年、日清戦争の火蓋は切って落とされました。結果は、黄海海戦(1895年)で清国海軍が破れ、「定遠」は自沈。「鎮遠」も鹵獲(ろかく・戦地などで敵の兵器や物資を捕獲すること)されて日本の戦利品となり、日本は日清戦争に勝利することができました。

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国産一号の軍艦「橋立」と清の「定遠」「鎮遠」の形見が今も各地の神社に!

近代国家となった日本が初めて体験し勝利した日清戦争。この日清戦争で活躍した国産第一号の軍艦「橋立」ですが、その形見が今も残されています。

兵庫県尼崎市大庄に鎮座する西素盞嗚神社には「橋立」のキャプスタン(錨の鎖を巻き取る機械)が奉納されています。また和歌山県有田市の須佐神社には「定遠」の主砲弾が、奈良市の氷室神社には「鎮遠」の手砲弾が保存されています。

また愛知県の開豊神社には、昭和53年(1978年)に地元海友会が奉納した「三景艦」の32センチ砲弾が残されています。ここには「幕末黒船の脅威を身を以て感じた日本人が、西欧諸国の侵略を防ぐために国防、特に海軍の増強に力を注いだ努力の記念としての此の砲弾を、日本が滅びんとする時身を捨て、国難に殉じた人々の碑前に供え」との言葉が記されています。

また福岡県太宰府市の太宰府天満宮には、沈没した「定遠」の艦材を使って建てられた神職の方々の宿舎、「定遠館」があります。「定遠」沈没後、太宰府天満宮の社家(代々宮司を継ぐ家系)の小野隆助氏(1839年 - 1923年)が採掘権を得、私財を投じて引き上げたのです。

この小野隆助さんという方、実は幕末の勤王の志士・真木和泉守保臣の弟で、三条実美や西郷隆盛、坂本龍馬とも深い関わりがありました。また小野家の祖先・小野好古(884年- 968年)も太宰府に仕え、藤原純友の乱を平定したそうです。さすが、代々歴史と深く関わるご活躍をされますね。

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 33歳の若き歴史学者久野潤が描いた戦争・神社・日本

……以上は書籍のほんの一節ですが、このような事柄が盛り沢山で紹介されているのが、2014年6月10日に刊行した33歳の若き歴史学者・久野潤さん執筆の『帝国海軍と艦内神社-神々にまもられた日本の海』(祥伝社)です。久野先生が飛耳長目の如く日本各地を飛び回り、当時を知る方々から直接お話を伺った貴重な内容ばかりです。

神社と日本人の古くからの深い関係について、近現代の先人達の想いについて、失ってしまった歴史を取り戻すことが、日本の明るい未来のためにも必要なのではないか、と思いました。

naoko・記

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久野潤先生 Facebookページ  https://www.facebook.com/kunojun

 





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