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『変容する聖地 伊勢』 時代とともに変容してきた日本人の心のふるさとに迫る力作哉!

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「2000年の歴史を有し、日本人の心のふるさとと称される伊勢神宮
天皇家の皇祖神アマテラス大神をまつる伊勢神宮のホームページに書かれたキャッチコピーだ。
伊勢神宮については、多くの日本人がある種の感慨を伴って上記のコピーに共感されるだろう。
特に、2014年に大々的に報道された式年遷宮は、20年に一度のペースで「建て替え」が行われ続け、古代から何ら変わらない姿を保っていることを「知った」ハズだ。

普段の生活で感じることの少なくなった古からの伝統的な和が残る場所……。と、同神宮は本当にそのような評価でよいのだろうか?

そんな疑問を一冊にまとめたのが、英国ケンブリッジ大出身のジョン・ブリーン国際日本文化研究センター教授が編者を務める『変容する聖地 伊勢』(思文閣出版、2016年5月刊行)だ。

 

同書は、内外の複数の歴史研究者が古代から近現代まで網羅する形で、「時代に合わせて変わっていったからこそ今まで残った伊勢神宮」という新たな姿を浮かび上がらせる貴重な一冊。

聖地の常識が歴史学の考証によって次々と「暴かれる」のは、ベールに隠された秘密を解き明かす推理小説を読むような心地さえ漂う。

 

歴史の勝者の「戦勝モニュメント」だった

取っ掛かりは、そもそも「2000年の長さ(歴史)」ということへの疑問からである。
2000年前というのは、第11代垂仁天皇の娘がアマテラスと一緒に伊勢に来て祭ったことが『日本書紀』に記されているのが由来だ。

日本書紀は年代を引き延ばす工作をしているため約2000年前とされている。が、垂仁天皇は実在する2代目の天皇で、古墳時代前期から中期にかけての4世紀初めごろの人物とされている。
そのため、古く見積もれば伊勢神宮の起源は1700年前となる。

だが、これも過大であり、本書ではずばり、伊勢神宮を創設したのは垂仁よりも400年近く新しい天武天皇の時代と絞り込む。672年の壬申の乱で、天武天皇は武力クーデターに成功したが、蜂起の序盤に伊勢でアマテラスに祈願し、それが勝利に結びついた。

いわば、伊勢神宮は歴史の勝者の「戦勝モニュメント」だったというわけだ。

実際の戦闘があったのは、関ケ原のある不破の関(岐阜県)や琵琶湖沿岸の瀬田の渡し(滋賀県)なのだが、そうした戦勝地ではなく、戦勝を願ったところに、翌年、天皇の娘を「お礼まいり」させて、そこが聖地たる伊勢神宮になるという過程は非常に興味深い。

2000年前であろうと、1300年前であろうと古代は古代でかわらない。その後、連綿と遷宮が続いている事実を覆すようなものではない、との指摘があるかもしれない。

 

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「社殿の様式などどうでもいい」って!?

伊勢神宮の式年遷宮は天武天皇の妻である持統天皇がはじめた。

伊勢神宮の建物といえば、高床式で白木に棟もち柱の「唯一神明造」が有名だ。この、弥生時代を彷彿とさせる高床式の建物は、飛鳥時代からずっと立て直され、今まで続いてきたと考えがちだろう。

しかし、そんな日本人のよりどころをゆらがしかねない論考が、第8章「復活か創造か―天正13年の神宮式年遷宮をめぐって」(西山克・関西学院大教授)である。
当稿ではいきなり「社殿の様式などどうでもいい」(137ページ)とくる。

なんせ、16~17世紀の戦国末期から江戸時代初期に描かれた絵では、朱塗りのお寺のような本殿となっているのだ。
「現実の社殿が唯一神明造でなかった訳ではない」としながらも、「唯一神明造の様式など、彼らにとってはどうでもよかったのだ、としか思えないのだ」(138ページ)と言う。

実は、戦国時代を終えた織田信長豊臣秀吉が式年遷宮を「再開」するまで、120年にわたり式年遷宮が断絶していたという史実がある。
「この4世代にわたる断絶の影響は決して小さくはない」(143ページ)と指摘するように、この空白をこれまで軽く考えてきた節がなかっただろうか。
式年遷宮が20年に一度なのは、この間隔でないと、世代を超えた技術(建物や神宝をつくる)の伝達ができなくなるからだと説明されている。それならば、6回分の空白で、数多くの古代からの「もの」や技術を含む「情報」は失われたと考えるのが普通だろう。
本殿の建物は120年残っていたとしても、白木の木造建築物がそのままの形で100年をこえて伊勢神宮だけは存在できたと考えるのは、さすがに「神がかり」すぎる。

「天正期の式年遷宮を、『復活』という言葉で評価することに疑問を抱く。それはむしろ再創造というべきではないのか」(148ページ)との問題提起は、伊勢神宮の実像を考えていくうえで重いものがある。

本書は、神宮の公式見解をひっくり返すが、けっして反伊勢神宮ではない。

実際、近現代については、伊勢神宮の隣にあり一体的な大学「皇學館大學」の准教授と教授も論考を寄せている。
それだけに、伊勢神宮が長い歴史を通じて、常に時代とともに変容してきたという事実は大きなインパクトをもって、「日本人の心のふるさと」を浮かび上がらせることになるだろう。




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