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『観応の擾乱 (中公新書)』は『応仁の乱』に続くか? 足利尊氏&直義のフシギな兄弟喧嘩

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2017年は「歴史系ベストセラー革命」の年として記憶に残るかもしれません。

2016年後半に発売された呉座勇一氏の『応仁の乱』が世間的にも大ヒット。
戦国三傑でも坂本竜馬でもなく、近年の大河ドラマや映画で取り上げられたわけでもない、普通なら歴史ファンにしか刺さらないであろう「応仁の乱」の新書が年を明けてジワジワ売れ、そして爆発しました。

新聞広告で腕組みをする呉座氏の写真を見て「この本がこんなに売れるなんて……」と感慨深かった人もいたことでしょう。
出版社にとっては“二匹目のドジョウ”を狙う絶対的な場面でもあります。

そこで中公新書が取り上げたのが「観応の擾乱」。
「応仁の乱」より更にハードルを上げてきましたゾ!

 

「観応の擾乱」ってそもそもナンでしたっけ……?

正直申し上げますと、
「応仁の乱」の次は「観応の擾乱」でどや!
と言われたところで「いやいや、ちょい待ってよ、そもそも、それ何なのよ?」と思われた方も多いでしょう。

高校の日本史で習ったじゃない、と言われたところで、記憶の彼方……という方が普通であります。

そんな方はこちらの記事をご参照をご覧ください。

史上最大の兄弟ゲンカ「観応の擾乱」 足利尊氏 vs 直義(ただよし)は毒殺で決着!?

要するに盛大な兄弟喧嘩なのですね、室町初代将軍・足利尊氏と、その弟の直義。
それが、南北朝も絡んで取り扱いが難しいうえに、『太平記』を参照して語られることが多く、実態は案外知られていない、というものでして。

なーんだ、やっぱり「応仁の乱」よりハードルが高いじゃん!というアナタ。
新書一冊まるごと「観応の擾乱」こそ、まさにうってつけかもしれません。

本題の書評へと参りましょう!

 

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逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ

本書を読み終えて、まず感じるのがやるせなさというか、ものすごいイライラ感と申しますか。

いや、ストンとわかって面白い一冊なんです。

ただし、主な登場人物にヤル気がなかったり、どうにもスッキリしなくて。
この感覚は、はるか昔『新世紀エヴァンゲリオン』を見ていた時に、煮え切らないで現実逃避ばかりしている碇シンジを見ていた時に感じた気分に似ています。

この乱は前述の通り、足利尊氏と足利直義の兄弟ゲンカです。

しかし、兄の尊氏は「戦えって言われたけど、本音を言うとやりたくない」という感じですし、一方の弟・直義も「兄上と対立するなんて俺は嫌なんですよ」という調子。

読んでいて思わず
「きみたち、やる気あるの? いつ本気出すの?」
とツッコミたくなるのです。
これが普通の兄弟ならば、くだらない喧嘩の後に酒を飲めば終了でしょう。よりにもよって権力者同士だからオオゴトになってしまうわけで……。

そもそも兄弟揃ってメンタルが不安定過ぎるんですよね。

直義はヤル気や不安に応じて花押のサイズが変化するという、筆者の指摘が実に興味深いです。
ヤル気を失うと花押がひ弱になり、文書全体からも生気が感じられなくなるのだとか。
いやぁ、人間っぽいですよね。

近年は高師直との指摘もある足利尊氏の肖像画/Wikipediaより引用

 

関係者が大体気の毒で理不尽

もちろん観応の擾乱に限らず、乱や変などの事件に巻き込まれた関係者は総じて気の毒です。
しかし、この「観応の擾乱」の場合は、関係者があまりに理不尽な目に遭いすぎていて、読んでいて気の毒になってしまうのです。

『太平記』であることないこと書かれて、やたらと大悪人にされたのが、高師直(こうのもろなお)・高師泰(こうのもろやす)です。
筆者は『太平記』の悪事を検討し、その大半が嘘か誇張にまみれていると指摘。全力あげて悪事を探し、この程度しか見つけられなかったのかという鋭い指摘もしています。

『太平記』の作者も、全体的にモヤモヤしたこの乱の中で、
「こいつが悪いんです!」
と強く指摘できる悪人が欲しかったのでしょうね。
実際の高兄弟は、私利私欲な人間ではなく、真面目に働く貴重な人材でした。

何故か実父・尊氏にやたらと嫌われた足利直冬。
要するに一夜の恋でうっかり生まれた子のようでして。
そのせいか異常に嫌われ、この乱でも重要な役割を果たします。

尊氏の直冬への態度は当時の人から見ても「あれは流石にありえない」ほどであったそうです。
そんな個人的な好悪が乱の要素になるのかと驚くとともに、直冬にはかなり同情してしまいました。

にしても、周囲が引くほど実子を敬遠してしまう、尊氏のメンタルの不安定さはなんなのだ!

一方、コチラは従来源頼朝とされてきたが、近年では足利直義説が唱えられている肖像画/wikipediaより引用

 

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働き盛りの男がストレスでポッキリやられる様とかぶり……

この乱の当事者である足利直義も気の毒です。
花押や文書の変化からすると、相当精神が参っていたのがわかります。

兄とイヤイヤながら戦う羽目になるわ、40過ぎて出来た待望の一子は夭折するわ、辛い人生です。
彼が兄により毒殺されたという『太平記』の説を筆者は否定して、その根拠も書かれております。

彼はこの乱を通して兄や甥と争い、相当メンタルがいろいろと来ていたわけで。
それで自暴自棄になったり、不眠症になったり、そんなこんなで急死する可能性は全く否定できないでしょう……。

追い詰められた働き盛りの男が、ストレスでポッキリと折れる様をまざまざと見せ付けられるようで、私は彼にもやはり同情してしまいました。

 

で、結局「観応の擾乱」ってナンなのか?

「この一冊でわかる」
そんな風にキャッチがついていると、『何故こんなことが起こったのか、本書がスッキリ解説してくれるかもしれない』と期待するところでしょう。

しかし、コトはそう単純な話でもありません。
『太平記』の虚実や事件の背景、経過を描いてはいるものの「何故そうなったのか」というところをズバリと断定しているわけではないのが、本書です。

例えば従来の説では、鎌倉幕府的秩序の足利直義と、伝統的な権威を軽視する高師直の対決であるというものがありました。
これはスッキリしてわかりやすいのですが、実際のところ両者の姿勢に大差は無い、と著者は指摘しています。

この乱には単純な武力闘争だけが存在しているのではありません。
恩賞制度や兄弟親族間の不和、天候不順等々、多くの要素が複雑に絡んでいるのです。

それをわかりやすい対立構造に落とし込まず、そうした要素を丁寧に説明していくのが本書です。

これは『応仁の乱』でも感じたことですが、読者が飛びつきたくなるような、わかりやすい因果応報や英雄論はそこにはないのです。

売れる歴史書といえば、少し前までは英雄に学ぶようなリーダーシップ論が多かったと思います。

ところが本書や『応仁の乱』は、そうではありません。
事件をわかりやすく解説してはいるものの、わかりやすい結論には飛びつかないというところに、筆者の誠意を感じさせるのです。

本書のあとがきで、著者はかく語っておりました。
「観応の擾乱が、現代の政治を考えるうえでも、なんらかのヒントになれば幸いである」

これは重要な一文かもしれません。

明確な答えが出ない、混迷した時代だからこそ、過去の似たような歴史的事件が読者に求められる。
歴史こそが「未来への教訓」になる。
なんて大仰に申し上げても、ホント、大げさじゃないからますますのめり込んじゃいますよね。

あ~♪ 歴史好きに生まれて良かったぁ~♪




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文:小檜山青



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