真田昌幸

いずれも表裏比興の者として知られた真田昌幸の肖像画/wikipediaより引用

戦国時代

なぜ真田昌幸は三成に「表裏比興」と呼ばれたか 65年の生涯まとめ

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真田昌幸
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「名胡桃城問題」勃発

天正17年(1589年)春、「沼田領問題」は秀吉が決着をつけました。

北条側からは板部岡江雪斎が上洛を果たしています。この前後に、沼田領を統治していた信之も上洛しました。

言い分を聞いた上で、判断を下したと考えられます。

・北条出仕条件として、沼田領は北条側の言い分を聞き入れる

・自力による確保はできていないため、北条:真田=2/3:1/3で分割する

・真田から北条への割譲分の割り当ては、徳川から真田に行う

これを受けて、この年末には北条氏出仕で話がまとまりかけていたのです。

秀吉派遣の者が立ち会う中、城の引き渡しも無事に済むかのように思われたのですが……。

ここで勃発したのが名胡桃城問題でした。

真田側の認識では、名胡桃城は割譲の対象外。譲る気はありません。

しかし、北条側からすると違います。自分たちのものだ、と主張するわけですが、位置的には難しい場所にあります。

北条側の言い分にも理解はできますし、思い入れがあって特別扱いしたい真田の気持ちもわかる。

真田家の墓所があったという理由が後世語られることもありますが、これは創作のようです。

この問題にわかりやすさを求めて、そんな創作がなされたのでしょう。

そんな両者の言い分が燻っている最中の11月、北条方が突如、名胡桃城を武力で制圧しました。

真田も抵抗の構えを見せます。秀吉からすれば、自らの裁定に北条が逆らったことになります。

事件に関与した者の処刑を強硬に求め、事態はこじれ、結果、もはや北条は討伐せねばならないと秀吉が決意を固めるのです。

北条側も家臣を上洛させ弁明をはかってはおります。

しかし、こうなるともはや北条当主が上洛せねば、どうにもなりません。

「名胡桃事件」は、時代の趨勢を象徴するような事件でした。かつてならば、この程度の小競り合いがここまで大きな事態にはならかったことでしょう。

それがそういうわけにはいきません。

真田の背後には、徳川、上杉、そして豊臣がおりました。

北条側は虎の尾を踏んでしまったようなもの。かくして事態は、北条氏の滅亡である「小田原征伐」へと向かってゆくのです。

小田原征伐で秀吉相手に退かず! 北条家の小田原城はどんだけ強いのか

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北条氏が抵抗したのは、信玄も謙信も落とせなかった【小田原城の防衛力】を過信したからと考えられてきました。

しかし、前述の通り彼らは開戦回避を探っていたのです。

むしろ小さな名胡桃城こそ「小田原征伐」における大きな原因と考えられなくもありません。

真田一族は、この「小田原征伐」に豊臣大名として参戦します。

縁の深い北条攻めに、強大な力の一端として加わったのです。

photo by お城野郎

北条の安房守であった氏邦は降伏し、命こそ助かったものの、歴史の表舞台から消え去っていきます。

安房守対決においては、昌幸が勝利。

そしてこの「小田原征伐」後、真田家の豊臣大名としての地位は確定しました。

・信濃上田領3万8千石を支配:真田昌幸

・上野沼田領2万7千石を支配する:真田信之

=合計6万5千石

国持大名には及ばないものの、それなりの石高でしょう。

武田家滅亡後の混沌からここまで辿りついた手腕は、かなりのものです。

ここで考えたいことは、昌幸と信之の統治が、豊臣大名となった時点で分裂していることです。

関ヶ原前夜の離別が強調される傾向がありますが、この体制はそのはるか以前からありました。

 

国衆として翻弄し、流刑者として没す

さて、このあとも昌幸の波乱万丈の人生は続きます。

豊臣政権の崩壊。

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そして関ヶ原の西軍敗戦からの九度山配流を経て、慶長16年(1611年)に死没。
享年65。

残念ながら昌幸は、真田一族の主役の座ではないように思えるのです。

大名に挟まれた国衆として暴れまわり、翻弄し続けていた昌幸。

そんな昌幸と、豊臣大名になってからの彼では、何か違うようにも思えてしまいます。真骨頂は国衆時代のように思えるのです。

徳川政権について真田家を守り抜き、配流先の父にも配慮を欠かさなかった長男・信之。

豊臣政権との強い結びつきがあり、その元で煌めいたに二男・信繁。

真田幸村(真田信繁)
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彼ら二人の兄弟を追った方が、真田の動きはわかりやすくなります。

偉大なる父であり、脇役としてしぶい輝きを放つ昌幸の姿は、息子たちの記事でご確認ください。

 

「全くわからん!」それでいい

さて、真田昌幸という人物について、おわかりいただけたでしょうか。

「全くわからん!」

そう、『真田丸』の昌幸のように叫びたくなった方も多いことでしょう。そういう状態のまま世に記事を送り出すことは、禁じ手だとわかってはおります。

ただ、昌幸の性質は、むしろこういう人物であったと決めつける方が無理があると思えるのです。

歴史人物の言動を、後世の道徳観で裁くことは危険です。

無理に理解しようとすることもそうです。

昌幸の場合、同時代でも理解されていたとは思えません。

似た立場の人物においても、ここまで難解な行動を取っていないのです。

家康や秀吉すら、その言動に困惑を見せて怒るほど。当時から、実態をつかめない、敵対者からすれば極めてけしからん人物でした。

偉人とは、人生のロールモデルにしたくなるものです。

しかし、昌幸の真似をすることは危険すぎて、御免被るとしか言いようがありません。

真似をしたら即座に破滅しかねない――そんなおそろしい生き方だと感じてしまうのです。

やっぱりこう叫びたくなります。

「全くわからん!」

これだけではわからないという方には、おススメの手段があります。

『真田丸』未見の方

→『真田丸』を見よう!

『真田丸』視聴経験のある方

→もう一度『真田丸』を見よう!

→あのドラマの考証三氏(平山優氏、黒田基樹氏、丸島和洋氏)、城廓考証・千田嘉博氏の著作を片っ端から読もう!

以上です。

本稿だってドラマの絞りカスのようなものです。

あの作品には素晴らしい点がいくらでもあり、真田昌幸の人物像は、その中でも最大のものでしょう。

現代人が理解できるマイホームパパにしようとか。

えげつない謀殺は避けて、聖人君子にしようとか。

そういう配慮はなく、ありのままに謀殺し、逆らい、煽る。妻子や家臣ですら翻弄されて困惑している。そんなごまかしのない混沌でした。

「昌幸は、昌幸なのだから、もう仕方ない」

隣にいたら災難としか思えない人物を、草刈正雄さんが極めてチャーミングに演じ切ったのです。

不可解な昌幸が、それでいて魅力的。

ともかく『真田丸』を見ましょう。

※よっしゃー!

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文:小檜山青

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