信長は第六天魔王か?

葛飾北斎画『釈迦御一代図会』の第六天魔王/wikipediaより引用

戦国時代

なぜ信長は「第六天魔王」と呼ばれたのか?売り言葉に買い言葉が現代へ

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小学生にも似た戦国武将の意地の張り合い

そんな訳で、まるで小学生のポケモントークだったこの書状のやりとり。

「俺レシラム!」

「じゃあ俺ダークライ!」

「ダークライって“あくポケモン”じゃん! お前、悪い奴な!」

ってなもので、本来は、封筒の上をバトルフィールドとした戦国武将達の意地の張り合いに過ぎません。

それが信長がうっかりと言うか確信犯的に暗黒属性ダークライ(第六天魔王)の名を挙げ、さらにひょんな事から近くにいたルイス・フロイスがそれを日記に書き留め、さらにさらにフランシス・ガブリエル日本布教長にそれを提出したら現代まで保存されてしまった――。

そんな奇跡を経て、ついに体から瘴気を吹き出して白目を剥き、自分の事を第六天魔王とか言っちゃうノリノリの織田信長公を現代社会に誕生させてしまった、というわけですね。

まあ、現代的にはそこが面白いのですが。

 

三種の神器がご登場!?

ちなみに、前述の『太平記』には、もう一つ第六天魔王が活躍する場面があります。

なんと第六天魔王が天照大御神とお話するという、一体どこのクロスオーバー好きがこの話を……と言った内容。

ここで第六天魔王は天照大御神に「日本に仏教が広まったら嫌だから、ちょっと三宝(仏・法・僧のことですね)には近づかないでくれる?」と、可愛い(?)お願いをしています。

天照大御神は「分かった、近づかない」と返事。

彼は「じゃあこれあげる。お前の子孫が日本を治めてる間は俺が日本を守ってやる。だが、お前の血を引く奴以外がここを統治するような事があったら、俺の眷属やら何やら引き連れてここを荒らしに来てやるからな」と、良く分からない脅しついでに彼の血で作られた印章を置いていったそうです。

なんとそれが【八尺瓊勾玉(やさかにのまがだま)】。

そうです、三種の神器の一つです。

これを書いた人は一体、仏教と神道をどんな関係にしたかったのでしょうか。

 

信長公も武家の教養として知っていた?

筆者は、信長公が統治の関係上、自分を神として奉らせる必要を感じていたとしても、本心から『自分は神だ!』などとは思っていなかった説に賛成する者です。

ただし、比叡山を焼き討ちして天台座主を延暦寺から追い出し、足利将軍家はもちろん天皇家までも「ただの人間、そしてかつての統治者」と考えていたらしい信長公が、奇しくもその天皇家の王権を保証した神である第六天魔王の名をかたったのは、面白い偶然だなあと思います。

もちろん『太平記』の中の一つのお話由来ですが。

日本神話には、また別の【八尺瓊勾玉のお話】があり、信長公も武家の教養の一つとしてこの話を知っていただろうと考えると、これはこれで興味深い話ではありませんか。

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鈴木晶・記

【参考】

小和田哲男『信長―徹底分析十七章』(→amazon
上島敏昭『魔界と妖界の日本史』(→amazon

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