栗山利安(栗山善助)

栗山利安(栗山善助)/wikipediaより引用

戦国時代

官兵衛の右腕だった栗山利安(栗山善助)忠臣81年の生涯と息子の大膳

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「黒田騒動」と栗山大膳

善助の息子・栗山大膳利章は、大変な騒動に巻き込まれております。

栗山大膳利章/wikipediaより引用

江戸の「三大御家騒動」ともされる【黒田騒動】です。

※他に加賀騒動と伊達騒動(黒田騒動に代わって仙石騒動を含む場合も)と、いずれも大藩のものですね

この騒動は、長政の子・忠之が暗愚であったことが発端です。

黒田忠之/wikipediaより引用

長政は生前、大膳に忠之をくれぐれも頼むと言い残しておりました。

責任感の強い大膳は、何としても長政の遺命を守り、忠之を立派な主君とすべく奮闘、諫言します。

しかし、忠之はかえって大膳を疎ましく思う様になったのです。

忠之はおべっか使いの側近で周囲を固め、幕府禁制の大型船まで建造を命令。

幕府からは「水軍力の保有」に繋がるとされ、厳しく禁じられており、もしも発覚したら、謀叛の疑いありで改易されてもおかしくはないほど非常識な行動です。

その他にも奢侈にふける忠之。

彼はまさに暗君と化してしまいました。

大膳の父であり、黒田家の宿老であった栗山善助が亡くなると、忠之の行動は露骨にエスカレートしました。

目の上のたんこぶである大膳を、なんとしても廃してしまおうと企み始めたのです。

ついに、大膳にも我慢の限界は訪れました。

 

黒田52万石を救った偉人

寛永9年(1632年)、大膳は幕府に「黒田家に、謀叛の疑いあり」と訴えます。

幕府の調査結果は、大膳の錯乱であり、逆恨みと裁定。

兎にも角にも、家臣が主君に反するということを見逃せませんでした。

現代人からすれば悪いのは圧倒的に暗君・忠之ですが、このころ最も重たい罪は主君殺しであり、社会秩序を乱すものとして絶対に許されないものでした。

結果、大膳は盛岡藩南部家へ御預、追放されてしまったのです。

一方の黒田家にはお咎めなし。

御家騒動としては穏便な処置で済みました。

例えばほぼ同時期、暗君に対して家臣が反抗するおうなカタチで起こった【会津騒動】は、加藤家の改易にまで繋がっています。

普通に考えれば黒田騒動も、最悪の結果で終わっていた可能性は否めないでしょう。

大膳が去ったあと、黒田家は家臣の合議制政治が定着し、藩政が抑制されることとなります。

自らを犠牲としてまで藩を救うことになった栗山大膳の行動は、

歌舞伎『御伽譚博多新織』

森鴎外の小説『栗山大膳』

・内田叶夢監督の映画『黒田騒動』

など、様々な作品にも描かれました。

栗山善助/wikipediaより引用

親子二代揃って主家に尽くし、忠義に溢れた父子。

現在に至るまで、栗山大膳は「黒田52万石を救った偉人」として、地元福岡で慕われているのです。

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文:小檜山青

【参考文献】
渡邊大門『黒田官兵衛 作られた軍師像 (講談社現代新書)』(→amazon
安藤英男『黒田官兵衛のすべて』(→amazon
国史大辞典

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