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外国人が選んだ伝説の忍者(NINJA)10人って誰? 貴方は何人当てられますか

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以前、海外のサイト「Listverse」から「海外でもやっぱりあの武将が1番人気?外国人が選んだサムライTOP10」をご紹介しましたが、同じサイトでもう一つ、興味深い特集記事を見つけていました。「歴史上のニンジャにまつわる驚くべき伝説10選」です。海外の方は本当にニンジャが好きですよね

この記事ではニンジャを「戦国時代の静かなる隠密スパイであり暗殺者」と説明しています。そして、ニンジャは世界中で人々の心を掴んでいるけれど、その多くは美化や理想化されていること、数少ない公式記録にも神話や伝説が浸透しているところがあって、それが本当にニンジャだったのか、そもそも本当に存在したのか、議論の余地はあるということを前提にしています。

では、外国人がどのようなニンジャのどんなエピソードに関心を持ったのか、紹介していきましょう。

 

架空のニンジャから、実在したくノ一まで マニアックな5人

城戸弥左衛門(きど やざえもん)

伊賀出身で、火縄銃の扱いに長けた鉄砲術や爆発物のエキスパート。失敗はしたものの、織田信長の暗殺を2度も実行したということで知られています。2度目については伊賀忍者の歴史資料である「伊乱記」によれば、弥左衛門の他2人の忍者が同時に信長を狙撃したが、従者を7人倒したものの信長は逃したと記されています。失敗はしましたが、信長の暗殺を2度も企てることができた手腕が注目されているようですね。鉄砲術を“火遁の術のサブカテゴリ”としているところが面白いです。

霧隠才蔵(きりがくれ さいぞう)

架空のニンジャとして最も有名な人物です。真田十勇士の中で、ライバルであり友人でもある猿飛佐助に次ぐNo.2として描かれています。歴史上の霧隠と言えば、霧隠鹿右衛門(きりがくれ しかえもん)の別名だと信じられていた“霧隠才蔵”と呼ばれるニンジャがかつて豊臣秀吉を床下から槍で突いて暗殺しようとしたことが、記録に記されています。

暗殺は失敗し才蔵は捕えられますが、この事が結果的に二重スパイからの暗殺未遂を防いだということで、豊臣家に一生忠誠を誓う事を条件に許されました。“Sanada Ten Braves”という響きがかっこいいですね。

伴資定(とも すけさだ)

甲賀の上忍で、徳川家康に仕えた伴流の頭領。資定(与七郎)は、桶狭間の戦い織田信長に当主である義元が討たれた今川家が、それでもあきらめず再起を図り、鵜殿長照を城主として守らせた堅固で知られる上ノ郷城を落としました。城攻めの際に攻めあぐねていた家康が、資定をはじめとする甲賀ニンジャ80人を雇い、資定は服部半蔵と協力して城への潜入に成功し、上ノ郷城を陥落させました。文献として「三河後風土記」のことも紹介されています。

藤林長門(ふじばやし ながと)

服部半蔵、百地三太夫とならんで伊賀の三大上忍の一人です。伊賀ニンジャの頭領だったにも関わらず、その事実以外あまり知られていない謎の人物です。信長による天正伊賀の乱により、伊賀及び甲賀のニンジャたちは衰退。長門は生き残ったものの、その後に殺害されたとされています。ただ、長門はとても重要な財産を残しました。彼の子孫がニンジャの技術や知識を記した資料「万川集海」(ばんせんしゅうかい)を編集して後世に伝えたのです。実は百地三太夫と同一人物ではないかなど、色んな憶測がなされる伊賀の三大上忍の中で最も謎の人物ですね。

望月千代女(もちづき ちよめ)

恐らく、全てのくノ一(女ニンジャ)の中で最も有名な人物でしょう。戦国武将・望月信頼の妻であり、貴婦人でした。夫が戦争で亡くなったあと、夫の叔父である武田信玄に預けられ、女性工作員の地下ネットワークを組織するための人材の募集と訓練を任されました。千代女は、信州の祢津村に組織本部を設置し、孤児や戦争被害者、元売春婦など300人の女性を募集。この組織では様々な工作員としてのトレーニングと共に、変装のために巫女としての訓練も積ませていました。千代女が養成した女性工作員たちは信玄が死ぬまで重宝されたそうです。くノ一は情報収集のためのスパイとしての役割が大きかったようですね。

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海外でも大人気 日本を代表する納得の5人

石川五右衛門(いしかわ ごえもん)

伊賀も甲賀も認めないかもしれませんが、石川五右衛門を除いて実在したニンジャリストは完成しません。金持ちから盗み貧しい人々に与える無法者、ロビン・フッドの日本版。確認はできませんが、抜け忍になる前は伊賀の下忍である百地(原文はMochizukiとなっていますが恐らく誤記)三太夫の弟子だったとも言われています。五右衛門は関西で盗賊団のリーダーとなり、豊かな大名や神官、商人から奪って圧迫されている農民などに分け与えました。豊臣秀吉の暗殺に失敗して捕えられ釜茹での刑になりましたが、伝説では釜茹でにされた時に死ぬ間際まで息子を頭上に持ち上げていたと伝えられています。海外で有名な義賊と言えばロビン・フッドなんですね。

百地三太夫(ももち さんだゆう)

石川五右衛門の記事でもあったように、五右衛門は抜け忍になる前は百地三太夫の弟子だったと言われています。三太夫は伊賀流忍術の創始者の1人で、服部半蔵、藤林長門と共に伊賀三大上忍に数えられています。三太夫の本名は百地丹波泰光(ももちたんばやすみつ)といいますが、一説では三太夫と丹波は別人だとされ、また別の説では三太夫と藤林長門が同一人物ではないかとも言われています。三太夫が本当は誰であれ、織田信長が伊賀を侵略した天正伊賀の乱で殺害されたと考えられており、この戦いで伊賀と甲賀のニンジャは一掃されてしまいました。三太夫の働きぶりの1つに、異なる妻や家族と共に3軒の家を維持することがありました。ある家で彼の身が危うくなった時、別の家へ移ってそこで別人になりきるのです。いかにもニンジャらしい謎めいた人物です。

風魔小太郎(ふうま こたろう)

風魔一党は小田原の北条氏に仕え、伊賀と甲賀から独立して発展したユニークなニンジャ。上忍の風魔小太郎は、第五代目頭領が最も有名でした。当時の風魔は、北条の支配下で山賊や海賊、盗賊などとして働く200人の乱波(らっぱ:野武士や野盗上がりの間者)を束ねていました。1580年、武田信玄の息子の勝頼が小田原を攻めた際、小太郎は夜に武田軍陣営に侵入して現場を混乱させ、同士討ちを引き起こしました。1590年に北条が豊臣秀吉に滅ぼされると風魔一党は普通の盗賊に落ちぶれてしまいます。恐らく間違いですが、人気の逸話は小太郎が服部半蔵を暗殺したが、元武田のニンジャ・高坂甚内の裏切りで徳川に捕えられ処刑されたというものです。ちなみに、風魔小太郎というのは個人名ではなく、代々の頭領の名前です。

加藤段蔵(かとう だんぞう)

様々な点で、加藤段蔵はニンジャが超自然的な力を持っているという概念を広めたニンジャです。段蔵は多くの人々が魔法使いだと思っていたほどの奇術師でした。段蔵の奇術は、大衆の前で牛を飲み込み、種から芽を出しそれを投げた瞬間花を咲かせるというものでした。そして、その飛翔術から“飛び(鳶)加藤”というあだ名が付けられました。段蔵は、上杉謙信からの忍術試験で直江兼続から長刀を盗むことに成功し、謙信に仕えるようになりますが、あまりに技術が優れていたので謙信に警戒されたため、武田信玄に仕えるようになります。しかし、信玄にも二重スパイの疑いをかけられ暗殺されました。有能過ぎたニンジャの少し寂しい末路です。

服部半蔵(はっとり はんぞう)

服部半蔵は恐らく最も有名なニンジャです。徳川家康の家臣兼サムライで、家康の統治の推進力になりました。半蔵は、織田信長が明智光秀に討たれた際、光秀陣営の近隣に滞在して危険な状態だった家康を、護衛しながら伊賀越えで三河まで無事に送り届けました。その後、槍使いの師範代、そして戦術家として徳川家に忠義を尽くしました。半蔵の指揮下で伊賀ニンジャは江戸城の護衛となり、お庭番衆の名で将軍の隠密機関になりました。半蔵が亡くなった後、服部半蔵が永久不滅だという神話を永続させるために、後継者は伊賀ニンジャの頭領の伝統にのっとって「服部半蔵」と名乗りました。なお、一般的に1番知られている「服部半蔵」は、2代目服部半蔵正成です。

その任務の特徴から残っている記録や資料が少なく、日本人にとっても謎の存在であるニンジャ。海外の方にとってはさらに神秘的で、魅力的に感じるのでしょう。今後も気力に余裕があれば(笑)、こうした海外の話題も紹介したいと思います。

文:オギヤスエ
絵:桂花

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参照記事:10 Amazing Legends Of Ninjas From History

 





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