後に黒田長政として知られる松寿丸/絵・富永商太

黒田家

黒田長政(官兵衛の嫡男)偉大な父を持つ二世の苦悩~56年の生涯

【人物概略・黒田長政

黒田官兵衛とその正室・櫛橋光の嫡男として、1568年、播磨国の姫路に生まれる。

幼名は、戦国ファンにはお馴染みの松寿丸

なぜお馴染みかというと、父の官兵衛荒木村重の説得に失敗して有岡城に幽閉されたとき、「官兵衛までもが裏切った!」と織田信長に勘違いされ、人質だった息子・松寿丸に殺害命令が下された――1578年にそんな話が残されている。

松寿丸の命を救ったのが竹中半兵衛だった。

機転を利かせて別の首を差し出し、半兵衛配下の家に匿うことで最悪の事態を免れたと言い、実は、羽柴秀吉豊臣秀吉)も知っていたという見方が強い(詳しくは以下の記事をご参照)。

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1582年に黒田長政は、中国地方の毛利攻めをする秀吉に従軍。

翌1583年の賤ヶ岳の戦いでも活躍し、その年に450石の領地を与えられている。

小牧・長久手の戦いでは中村一氏らと共に岸和田城の守備につき、鉄砲部隊の傭兵でお馴染みの雑賀衆・根来衆を返り討ちにして2,000石の加増をされた。

私生活においては、秀吉の親友だった蜂須賀小六の娘・糸姫を正室に迎えるなど。

豊臣政権内で父と共に順調な出世を遂げ、文禄・慶長の役(朝鮮出兵)においても、前線基地である肥前名護屋城築城の惣奉行にも任じられ、朝鮮へも渡って戦った。

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しかし、これが豊臣政権への決別のキッカケともなった。

朝鮮出兵のドタバタで石田三成との不仲が高まり、秀吉没後は徳川家康へ接近。

1600年に保科正直の娘・栄姫を継室として迎え入れると、同年の【直江状】に端を発する徳川軍の上杉征伐では先陣を務めている。

当然ながらその年に勃発した関ヶ原の戦いでは徳川サイドで参加し、そして大活躍した。

小早川秀秋を味方に引き込むなどして、東軍随一の戦功とされたのである。

1614年大坂冬の陣では江戸の防御を命じられ、翌年、大坂夏の陣では徳川秀忠と共に大坂入り。

その後、50万石の知行を与えられている。

なお、福岡藩の初代藩主は父の官兵衛ではなく黒田長政になる。

元和9年(1623年)没。
享年56。

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旧暦8月4日は黒田長政の命日

どんな人だって、何かにつけ誰かと比較されるのは嫌ですよね。

しかし、有名人の二世ともなれば、それはどうしたって避けられない運命。

元和九年(1623年)8月4日に亡くなった黒田長政も、おそらくそれに悩まされた一人でしょう。

上記の通り、黒田官兵衛の嫡男であります。

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それだけで当人の重圧は大きくなるはずで、長政もそれに負けないだけの働きをしてきたことは、上記、主な経歴でお察しいただけるかもしれません。

以降は長政の人となりやエピソードを見て参りましょう。

 

歴戦の勇者・又兵衛を奉公構に処する

長政は、軍師なんて称される父を持っているだけに知略タイプの武将かと思いきや、むしろ猛将タイプでした。

それゆえか、周りの人々とぶつかることもあります。

一つは、後藤基次後藤又兵衛)との話。

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官兵衛に仕えていたので、当然、代替わりの後は長政に仕えるのが筋ですが、長政は基次を黒田家から追い出してしまっています。

しかも「奉公構(ほうこうかまい)」という罰則付きでした。

奉公構とは、他の大名家に「コイツこの前クビにしたんだけど、ロクデナシだからアナタの家でも雇わないでくださいね。もし採用したらウチとは喧嘩になりますからね!」という手紙を出すことです。

いったんコイツを出されると、他家に再仕官ができなくなるので、武士にとっては切腹の次に重い刑とされました。

他にこの刑を受けた有名人としては、家康のイトコにして、戦国の破天荒・水野勝成などがいます。

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基次は、勝成ほどのハチャメチャはしていません。

むしろ黒田家にとってなくてはならない重臣でした。

なので、どうして長政がこんなに重い刑を科したのかははっきりわかっていません。

ただ、この二人が元々ウマが遭わないにも程がある関係だったらしく、いくつかのイザコザがあれこれ伝わっていますので見てみましょう。
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