森可成/wikipediaより引用

織田家

信長お気に入り家臣【森可成】森一族を率いた武将はどんな人だった?

更新日:

どんな大名でも、多かれ少なかれお気に入りの家臣がいるものです。
秀吉であればいわゆる”子飼い”たちですし、アッー!のもつれで裏切った(とも言われる)陶晴賢だって元は主君・大内義隆の寵臣でした。

織田信長の場合は、やはり森蘭丸が挙げられますが、今回はそのお父ちゃんに注目を――。

元亀元年(1570年)9月20日、森可成(よしなり)が宇佐山城の戦いで討死しました。森蘭丸だけでなく森長可とか森忠政の父親になりますね。

鬼武蔵こと森長可は愛槍もヤバい人間無骨!戦国無双度MAXの信長家臣

戦 ...

続きを見る

 

森可成 元は美濃の土岐家に仕えていた

蘭丸があらゆる意味で信長に気に入られていたので、”森家=蘭丸のおかげで出世した”ようなイメージを持たれがちです。

が、トーチャン・森可成の代から信頼されておりました。

織田家譜代の家臣というわけではなく、元は美濃の守護大名だった土岐家に仕えていた家系です。
一説には明智光秀と縁のある家ともいわれているので、後々のことを考えると因果を感じますね。

しかし、土岐家が斎藤道三(信長正室・濃姫のお父ちゃん)によって滅ぼされたため、可成と森家は織田家につきます。

当時信長はまだ20歳くらい。
弟・織田信行との確執もまだケリが着いていない頃でしたから、一人でも多く有能な家臣が欲しかったことは想像に難くありません。

織田信行(信長に謀殺された弟)は当主の器だったか?生涯&スペック確認だ!

信 ...

続きを見る

そこに、10歳ほど年上で経験豊富――さらに槍の名手として知られていた可成が来たのですから、信長は嬉々として迎えたことでしょう。

また、可成は頭もキレる人だったようで、情報戦などにも長けていました。

そのせいか忍者説もあるくらいです。
面白いor有能な人材を求めた信長が気に入るには充分過ぎますね。

こういう謀略型って人付き合いが得意でないことが多いですが、可成は柴田勝家前田利家とのエピソードがいくつかありますので、社交性もある程度備えていたようです。ホント器用やな。

 

男児に恵まれていたので信忠の代も安泰

可成が男の子に恵まれていたのも気に入られた一因かもしれません。

長男・森可隆(よしたか)は若くして討死。
しかし、後に恐怖の代名詞扱いされる次男・森長可(ながよし)に続いて
三男・森蘭丸(森成利)
四男・森長隆
五男・森長氏
六男・森忠政
達がおりましたので、信長としては「これなら信忠の代も助かりそうだ」と思っていたのではないでしょうか。

ついでにいえばこの六人兄弟+娘三人とも正室との間の子供ですから、もし本能寺の変が起きずに森家の息子たちが生き延びていれば、相当な結束力が生まれていたと思われます。
惜しいというかカーチャンすげえ。

まぁ、森忠政はかなり厄介なタイプの人でしたが……。

磔(はりつけ)大好き森忠政は星4つ 可成や長可とはタイプの違う森家跡取り

豊 ...

続きを見る

 

宇佐山城の戦いにて戦死

可成もまた信頼に応え、織田家中及び尾張統一に伴う戦いを通じてよく仕えました。

織田家に入って10年ほどで城を任されていますし、その働きには信長も満足していたようです。
この間に信長のじいやこと平手政秀が自刃してしまっていますので、年上かつ有能である可成のような家臣の存在は頼もしかったことでしょう。

平手政秀62年の生涯をスッキリ解説!自害の原因は息子と信長の不和だった?

漫 ...

続きを見る

しかし、浅井長政が織田家を裏切って泥沼の抗争劇を始まったがために、森可成の命運が尽きてしまいます。

野田城・福島城の戦い】の戦いで織田家が本願寺勢に釘付けにされているタイミングで、浅井朝倉軍が挙兵したのです。

近江越前から南下してくる敵の連合軍。
彼らの進路にあったのが可成の居城・宇佐山城でした。

同戦線の最前線に立たされた森可成は、わずか1,000程度の兵で2万規模の軍と衝突します。
当初は撃退したものの、石山本願寺を通じて延暦寺が浅井方につくと、奮戦空しく討死してしまったのでした。

後の【比叡山焼き討ち】については、焼失したと言われる各建造物の残骸や人骨が出土せず、被害の大きさについてはかなり盛られている可能性が高いですが、それでも厳しい態度で臨んだのは可成のような有能な家臣の敵討ちという意味もあったのかもしれません。

信長は【比叡山焼き討ち】をやってない!? 数千人の虐殺&大炎上は誇張か

織 ...

続きを見る

この戦いや長島の一向一揆でも身内の者たちを数人亡くしておりますし。

そういう方面から見てみると、やっぱり信長って良くも悪くも情が濃い人だったんじゃないかなあという気がしてきます。

長月 七紀・記

【参考】
『現代語訳 信長公記 (新人物文庫)』(→amazon link
『織田信長合戦全録―桶狭間から本能寺まで (中公新書)』(→amazon link
『織田信長家臣人名辞典』(→amazon link
『戦国武将合戦事典』(→amazon link

 



-織田家
-

Copyright© BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) , 2019 All Rights Reserved.