諸家

赤松広秀(竹田城最後の城主)が家康に切腹を命じられた顛末~寝返りは慎重に

こちらは2ページ目になります。
1ページ目から読む場合は
赤松広秀
をクリックお願いします。

 

亀井はきっちり生き残り

広秀を誘った張本人の茲矩は、生き残ります。

こんな言い草で家康のお目溢しをもらったのです。

「すみませんやりすぎました、でもアイツが勝手にやったんです、ワタクシが気づいたときにはもう丸焼けだったんです、嘘じゃありません、信じてください!!」

なんというトカゲの尻尾切りでしょうか。

茲矩はもともと東軍だったから助かった――という説もありますが、それもちょっと考えにくい気がします。

デカい戦の後ですから、勝者である家康はこれから多くの大名に恩賞を与えなくてはいけません。

没収できる所領が多ければ多いほどありがたいはずです。

改易するには絶好のミスをやらかしてくれた相手(しかも見え透いた嘘ついてる)を「もともと味方だったから」なんて生温い優しさで見逃すでしょうか?

茲矩は行政面も優秀だったので、それを惜しんだといえばわからなくもないですが……どうにもスッキリしない経緯です。

 

鳥取城下に幽霊が出るようになったとか……

そしてスケープゴートにされた広秀はというと、あっさり成仏できるはずもなく、その後、鳥取城下では広秀の幽霊が化けて出るようになったとか。

まぁ、いかにもな言い伝えで信憑性はありませんけどね……。

鳥取城

そもそも、いくらそそのかされたとはいえ、自分が焼き討ちした城で祟っても仕方がないというか。

だったら逆に、焼かれた住民の霊から追い込まれそうな気もしますが、そういうこと言っちゃダメですかね。

大谷吉継のように、直接恨みのある相手のとこまで飛んでいく気力がなかったんでしょうか。

なんとも後味の悪い話です。

あわせて読みたい関連記事

鳥取の渇え殺し&三木の干し殺し人肉の恐怖~極度の空腹でメシ食うと死ぬ?

続きを見る

吉川経家が秀吉軍に囲まれ壮絶な籠城戦~鳥取城渇え殺しと“ひらがな”の手紙

続きを見る

鳥取城に登り「渇え殺し」の地獄絵図を妄想してみた(;゚Д゚)

続きを見る

兵主源六
あまりにマヌケな落城劇!戦国武将・兵主源六は踊りに釣られて後の祭り

続きを見る

小早川秀秋(秀吉の養子)は本当に裏切り者だったのか? 21年の儚い生涯

続きを見る

脇坂安治
七本槍の一人・脇坂安治が明智→豊臣→徳川を渡り歩く~中書様と呼ばれて

続きを見る

朽木元綱
信長のピンチを救った朽木元綱「朽木越え」をご存知? 名門武将84年の生涯

続きを見る

徳川家康
徳川家康 史実の人物像に迫る!生誕から大坂の陣まで75年の生涯 年表付

続きを見る

細川藤孝(細川幽斎)
細川藤孝(幽斎)は文武芸術に通じた光秀の盟友なり!されど本能寺後は?

続きを見る

細川忠興
細川忠興(藤孝の長男で光秀の婿)は文武両道かつキレ体質~83年の生涯まとめ

続きを見る

細川ガラシャ(明智たま)
細川ガラシャ(光秀の娘・明智たま)壮絶生涯38年!父より激しい散り際とは

続きを見る

豊臣秀吉
豊臣秀吉 数々の伝説はドコまで本当か? 62年の生涯まとめ【年表付き】

続きを見る

長月 七紀・記

【参考】
国史大辞典
『戦国武将合戦事典(吉川弘文館)』(→amazon
戦国大名系譜人名事典 西国編(新人物往来社)』(→amazon
斎村政広/wikipedia
亀井茲矩/wikipedia

TOPページへ

 



-諸家
-