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【戦国島津名将伝】新納忠元は薩摩一有能で猛将で泣かせる忠臣だった

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「新納様の霊をお祀りして、ご加護をお願いしよう」

そして妻に先立たれたときの歌がまた泣けます。

「さぞな春 つれなき老いと 思ふらむ 今年も花の のちに残れば」

【意訳】春はわしをさぞ、”風情のない老人だ”と思っているだろう。今年もまた、花が散る季節まで生き残ってしまったから

「つれなき」は「連れ合い(妻)がいない」、そして「花」は妻という意味にも取れ、技巧と心情が合わさった名歌です。

夫婦仲に関するエピソードは特にないようなのですが、きっと共白髪(ともしらが)が似合うような、素敵な夫婦だったんでしょうね。

これだけ出来た人なので、江戸時代になっても地元では非常に慕われていました。

天保の頃(だいたい1840年代)に、大口城の近くの伊佐七ヶ郷というあたりで「いつまで経ってもこの辺は豊かにならない……新納様の霊をこの地にお祀りして、ご加護をお願いしよう」と、藩に忠元を祀る神社を作る許可を取ったことがあります。

これが現存する忠元神社です。

忠元のお墓は別の場所に、妻とともに建てられていたので、そこから分霊したのだとか。

もしかしたら、忠元の霊にとって妻の隣のお墓が自宅のようなもので、忠元神社は職場のようなものなのかもしれません。

ご利益については特に限定されていないようですけれども、忠元の生涯からすると、職場や家庭での円満をもたらしてくれそうですね。

もちろん、当人の努力も大切ですが。

 

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【参考】
国史大辞典
『島津四兄弟―義久、義弘、歳久、家久の戦い―』(→amazon
新納忠元/wikipedia
やまとうた
鹿児島県神社庁

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