立花道雪/wikipediaより引用

立花・高橋家

雷切の主・立花道雪の何が凄いのか「勇将の下に弱卒無し」に痺れる憧れる!

【人物概略:立花道雪とは?】

生没年:1513-1585年
※1516年の出生年表記もあり

父:戸次親家(べっきちかいえ)
母:由布惟常(ゆふこれつね)の娘

豊後鎧岳城(よろいだけじょう)の城主だった戸次親家のもとに生まれ、幼名は八幡丸。

1536年に家督を継ぐと、当初は大友義鑑(よしあき)に仕える。

その後、大友氏内での後継者争い【二階崩れの変(1550年)】が勃発すると、嫡男である大友義鎮(よししげ・大友宗麟)を支持し、敵対した入田親誠(いりたちかざね)や菊池義武(よしたけ)を追放して、武功をあげた。

以降も、大友氏の重臣として、豊後や豊前、筑前を中心に活躍。

近隣エリアで大きな動きがあったのが1557年だった。

大友宗麟の弟で大内家当主の大内頼長が毛利元就に斃され、大友と毛利の対決が本格化し、筑前の国人・秋月文種(あきつきふみたね)も敵方になびく。

道雪は、秋月文種の古処山城(こしょざんじょう)へ攻め込み、自害させるも、毛利との争いはさらに激化し、門司城や周辺エリアで度々戦いが行われた。

毛利元就のターゲットは商いの大きな博多港であった。

ここを押さえるべく毛利隆元(1563年に不審な急死)・吉川元春小早川隆景らも度々派遣すると同時に数々の調略も仕掛けるなどして、徐々に勢力を伸長し、立花城主・立花鑑載(あきとし)が元就の調略で反旗を翻す。

さらに大友氏に対しては西から龍造寺隆信からの圧力が加えられる中、道雪が立花城を陥落させて大友氏の窮地を救う(1568年)。

以降は再び毛利氏との勢力争いが続き、圧巻は1569年【多々良浜の戦い】であった。

毛利氏と大友氏による激戦区となった北部九州エリア(筑前~豊前~豊後)

吉川元春・小早川隆景を中心に組まれた毛利軍と、これを迎え撃つは

・立花道雪
吉弘鑑理(よしひろあきただ)
・臼杵鑑速(うすきあきはや)

という【豊州三老or大友家の三宿老】を中心とした大友軍。

双方合わせて8~9万という大軍同士の争いが起き、共に多くの被害者を出しながら決着はつかず、引き分けで落ち着いた。

ちなみに同年(1569年)、娘の立花誾千代(ぎんちよ)が誕生している。

その娘に、1575年、家督を譲ると、高橋紹運の嫡男・高橋統虎(後の立花宗茂)を跡取りとして婿にもらう。

1578年には、大友宗麟の強引な島津討伐に反対をするも、宗麟は強硬に日向攻めを主張。

耳川の戦い】と呼ばれる戦いに発展し、大友家は、吉弘鎮信(高橋紹運の兄・宗茂の伯父)や角隅石宗ら有能な家臣を失い、家勢を失っていった。

道雪は、戦いを強行した大友宗麟や大友義統らに対して激しく怒りを覚えたという。

以降も合戦に明け暮れる日々を送り、1585年に猫尾城攻撃中に陣中で発病し、亡くなった。

享年73(1516年生まれであれば70)。

なお道雪以前の代表的な名前は「戸次鑑連」であり「べっきあきつら」と読む。

以下、本文へ。

 

立花道雪は宗茂の義父であり誾千代の実父であり

怖いものの代名詞として挙げられる地震、雷、火事、親父――。

戦国時代にこのうち二つを兼ね備えた人がいました。

天正十三年(1585年)9月11日に亡くなった立花道雪です。

この方は西の最強武将として知られる立花宗茂の義理のお父さん。

娘の立花誾千代に婿入りしたのですね。

夫婦の話は以下の記事にお譲りして、今回は道雪を見て参ります。

立花宗茂―戦国最強と讃えられた猛将 浪人から大名へ復活を遂げる

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立花誾千代(宗茂の正妻で道雪の娘)は戦国一のガチ女城主なのか

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道雪は何度も名前を変えているので、時期によって異なりますが、最も有名な「道雪」表記で統一させていただきます。

 

愛刀「千鳥」で雷神を退治して半身不随に

道雪は若い頃、「千鳥」という愛刀で雷を斬って、その中にいた雷神を退治したといいます。

その代償として半身不随という大きな障害を負ってしまうことになりました。

時期は元服直後の頃と目されています。

まぁ、雷に打たれただけ?と考えればそれまでなんですが、戦場に出る武士としては実に痛いところです。

雷に打たれても死なず〜ただし脚が不自由になったコワモテ道雪

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ただし、道雪は「雷に撃たれた親父」というだけではありませんでした。

なんと半身不随になった後も、輿に乗って出陣していたのです。

しかも輿の中には鉄砲と刀を用意して、自ら敵陣に乗り込んでいくという豪傑ぶり。やる気満々です。

輿を担ぐ者達には棒で合図を送りながら、隊列が乱れると容赦なく殴りつけたとも言われています。

それでも部下に愛想を尽かされたとか裏切られたとかいう話が伝わっていないので、愛のムチ(棒だけど)だと思われていたんでしょうね。

実は、道雪と部下とのエピソードは実に心温まるものばかりです。
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