武田勝頼/wikipediaより引用

武田・上杉家

武田氏と勝頼はなぜ滅んだ? 圧倒的な読後感『武田氏滅亡』(著:平山優)に学ぶ

こちらは2ページ目になります。
1ページ目から読む場合は
武田氏と勝頼はなぜ滅んだ?
をクリックお願いします。

 

後に、穴山梅雪や木曾義昌らは勝頼を裏切ることになりましたが、彼らに言わせれば「勝頼の方こそ我らの信頼を先に裏切ったではないか」ということかもしれません。

振り返ってみますと、武田勝頼は、長篠の戦いでの敗北は何とか立て直すことが出来ました。人的損害は何とかできたのです。

しかし、高天神城で地に落ちた名声は、もはや彼自身の運命とともに、墜ちるところまで墜ちるほかありませんでした。

失われた信頼、世間に広がった不信感は、簡単に拭いさることができない――そんな典型的な例だったのでしょう。

 

お好きな項目に飛べる目次

常に薄氷を踏む思いの選択を迫られ

高天神城陥落の翌年、勝頼は僅か50名ほどの者たちと落ち延び、最期を迎えます。

結果的に勝頼は間違えました。
そして滅びました。

しかしその選択肢は常に極めて難しいものばかりで、彼は決定的なミスばかりをしていたわけではありません。

選択した直後、勝頼も武田家の重臣たちも「今、間違ったことをしてしまった」と気づくことはできなかったでしょう。後で影響が及んできて、結果的にあのときああしてはいけなかったのだ、と理解したことでしょう。

そういう複雑な状況を「勝頼は暗愚であった、だから滅びたのだ」とまとめてしまったらどれほど楽でしょうか。思考停止できたらそれでスッキリすることでしょうか。

武田勝頼/wikipediaより引用

本書は750頁という厚さで「ところが、歴史というのはそんなに単純なことではない」と突きつけて来ます。

読後は、妙な疲労感を覚えました。
それは滅びの物語をたどる重さだけではなく、私たちも勝頼のように最善の選択をしたつもりでいて、あやまった道を歩み、そしてそれに気づいていないかもしれない、と感じたためです。

人にとって失敗とは何か。歴史だけではなく、人間のそんな本質にも迫る労作です。

このヘビー級の読後感、なかなか味わえない一冊です。

あわせて読みたい関連記事は以下へ

武田信虎は暴君なんかじゃない! 信玄飛躍の土台を築き 追放された悲哀の将

続きを見る

武田勝頼(信玄の四男)風林火山を使えぬ悲劇が武田家の滅亡へ 37年の生涯

続きを見る

武田信玄が戦国最強「甲斐の虎」と呼ばれる理由~知略に塗れた53年の生涯

続きを見る

武田義信の哀しき最期 信玄の嫡男はどうして自害へと追い込まれたか

続きを見る

木曽義昌~武田を裏切り最後は海辺で生涯終える!?【戦国表裏比興譚】

続きを見る

長野業正【信玄を6度も退けた男】上州の黄斑と呼ばれた名将の生き様

続きを見る

村上義清――信玄を2度も破り川中島の導火線となった男の生涯とは?

続きを見る

川中島の戦い

TOPページへ

小檜山青・記

【参考】

『武田氏滅亡 (角川選書)』(→amazon link

【訂正とお詫び】
御館の乱の項目で、<このときに上杉側が莫大な金を贈ったことから、「金目当ての同盟か」とささやかれる始末>と当初記載しておりましたが、平山優先生ご本人のツイッターにおいて

拙著『武田氏滅亡』についての記事なんだが、ちょっと誤解?誤読?されているような。武田氏は上杉景勝から賄賂を受け取ったというのは後世の創作だと、アタクシは史料を用いて論じたはずなんだが。依然としてそう記述されている。

とのご指摘を受けました。

筆者の誤読により、武田勝頼が上杉家より多額の賄賂を受け取ったかのように記載してありましたが、これは後世の創作であると本書では史料を元に検証されております。
該当部分を削除いたしますとともに、平山優先生ならびに読者の皆様に心よりお詫び申し上げます。
大変失礼いたしました。

 



-武田・上杉家
-

Copyright© BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) , 2020 All Rights Reserved.