謙信の死因

武田・上杉家

厠(トイレ)が誘発した謙信の死~高血圧で冬場の踏ん張り危険だよ

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この世の栄華も一杯の酒のようなものだ

実子が居ない謙信には養子が数人おりました。

その中から謙信の姉の子・上杉景勝と、北条氏康からの養子・上杉景虎の間で、壮絶な跡目争いが勃発。

御館の乱】と呼ばれる、この内戦により上杉家はかなりのダメージをうけてしまいます。

御館の乱
御館の乱で上杉真っ二つ! 謙信の死後に景勝と景虎が激突した経緯と結果

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かくして今では批判の対象となることもある謙信の遺言問題も、事前に死期を悟ることの難しい病気であれば、ある程度は致し方なかったのでは?

逆に、ご自身の死期が見えたのでしたら、キッチリと後継者を指名していたのではないでしょうか。

稀代の大名・謙信が後継者問題は疎かにしていたとは考えにくいです(自身の子どもがいないため養子を迎え入れたのは、その対策を考えていた証左でもあるのでは…?)。

 

我が人生も一睡の夢

最後に謙信が死の一月前に詠んだ詩をご紹介したいと思います。

謙信の誌

四十九年
一睡夢
一期栄華
一盃酒

【意訳】49年の我が人生も一睡の夢のようなもので、この世の栄華も一杯の酒のようなものだ

織田信長と同じく享年49だったんですね。まぁ、信長の場合は本能寺の変で敗死しており、事情がまるで違いますが。

酒を愛し、(酒と肴が一因の)高血圧性脳出血で早逝した謙信らしい辞世の句ですね。

まり先生の歴史診察室上杉謙信2

しんみりしたところでワタクシは飲み会に行ってきまーす。またね!

イラスト・文/馬渕まり

【参考】

『モナ・リザは高脂血症だった―肖像画29枚のカルテ (新潮新書)』(→amazon
上杉謙信/Wikipedia
「脳出血は冬に多い」 専門医が警告する「隠れ脱水」(→link

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