絵・富永商太

徳川家

小山評定で敵味方が決定!関が原の東軍西軍メンツを整理してみました

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慶長五年(1600年)7月25日、徳川家康小山評定(会議)を開きました。

石田三成の挙兵を知った家康が関が原の戦いに向けて開いた会議のことですね。

家康が各大名たちに対して
「んで、お前らどっちにつくの? 妻子を人質に取られてるなら向こうについてもいいけど、戦いが終わったときどうなるか、わかるよね?」(超訳)
と迫った件として有名です。

日本を真っ二つに分けた史上稀に見る戦いは如何にして進んでいったのか?
関ヶ原前夜の事情を見ていきましょう。

 

家康が上杉討伐に出かけたところ

秀吉が亡くなった後、五大老筆頭として増長していった徳川家康。

その存在感に対し、五奉行の筆頭だった石田三成が(#^ω^)ビキビキしていたのは皆さんおそらくご存知でしょう。

そんな中、東北では上杉家がどう見ても戦の仕度にしか見えないことを始め、さらに家康へ果たし状としか思えない手紙を出してきました。

いわゆる「直江状」です。

『直江状』をめぐる一連の騒動 家康を激怒させた内容とは?

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放っておくわけにもいかないので、家康は各地の大名を率いて上杉征伐へ向かいました。

ところが、その間に大阪では三成が大名の妻子を無理やり人質に取り、「逆賊・家康を討つ!」と言い始めます。
大名の妻子は素直に従った者、こっそり逃げ出した者などいろいろいましたが、最後まで抵抗の末に自害した細川ガラシャ(細川忠興の正室)が有名ですね。

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ちなみにガラシャは明智光秀の娘でもあります。
戦国でも屈指の濃ゆい生涯を生きた人でした。

 

家康派・大名たちのリアクションは3つに分かれた

一方で三成は、家康が上方の留守居に残していた鳥居元忠の伏見城(現・京都府)を攻撃します。

こういった動きが、東北に向かっていた家康たちに知らされたのが同年7月24日だったんですね。
まだ上杉のいる会津にはたどり着いておらず、手前の小山(現・栃木県小山市)だったので、今後どう動くべきかを相談するため、ここで評定が開かれたのです。

結果、大名たちは大きく三つに分かれました。

一つは言わずもがな、家康に味方することを明らかにした者。

もう一つもこれまた当然のことながら、三成(人質)のために西へ向かった者。

そして、いずれが勝っても家名が残るように、親子兄弟で家康・三成それぞれについた者です。

有名どころをざっくり並べてみましょう。
家康と三成の親類縁者や彼らの家臣として名高い人は除外しますね。

【家康(東軍)についた大名】
大野治長(淀殿の愛人説がある人)
京極高知(蛍大名・京極高次の弟)
竹中重門(竹中半兵衛の息子)
藤堂高虎(戦国の転職王)
古田重然(織部)
細川忠興(正室を殺され激おこブチ切れモードへ)
森忠政 (森長可・森蘭丸の末弟)

【三成(西軍)についた大名】
毛利秀元 (元就の孫)
宇喜多秀家(戦国のイケメンリア充)
大谷吉継 (唯一三成をボロクソに諫言できた人)
小西行長 (元商人・キリシタン大名)
島津義弘 (家康につくつもりだったが事の成り行きで西軍に)

【一家が分かれて両方についた大名】
真田家(父・真田昌幸と弟・真田繁信が三成方、兄・真田信之が家康方)
九鬼家(かつて信長に水軍を率いて仕えた家。父・九鬼嘉隆が三成方、子・九鬼守隆が家康方)
鍋島家(子・鍋島勝茂が三成方、父・鍋島直茂が家康方)

 

全国でも行われていた関が原にからんだ合戦

また、この時点で国元にいた大名たちは、各地で家康・三成どちらかにつくことを決め、それぞれ戦っています。
これもたくさんあるので、主だったところだけご紹介しましょう。

【東北】
慶長出羽合戦
→最上家&伊達家(東)vs上杉家(西)

ここでは東北の関が原とも称せられる慶長出羽合戦がありました。よろしければ以下の過去記事をどうぞ。

「北の関ヶ原」こと慶長出羽合戦で見える!兼続・義光・政宗たちの戦略戦術

『 ...

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【近畿】
田辺城の戦い→細川幽斎(東)vs 小野木重勝・前田茂勝(西)
大津城の戦い→京極高次(東)vs 立花宗茂(西)

西軍の切り札・立花宗茂は関ヶ原の戦いのときドコにいたんや!?

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【九州】
石垣原の戦い→黒田官兵衛(東)vs 大友義統(西・宗麟の息子)

教科書では「家康が勝って江戸幕府の下地ができました」としか言いませんよね?

しかし、日本を真っ二つに分けた戦いですから、全国規模で見ると、こんなにも広い範囲で戦が起きていたんですね。まさに天下分け目です。

中には【杭瀬川の戦い】のように西軍が勝った戦闘もあったり、上記のガラシャをはじめとして妻子たちの動きもまた、個性のうかがえるエピソードがたくさんあるので、調べれば調べるほど面白い戦でもあります。

以下の記事では、全国エリア別で分けてみました。
よろしければ併せてご覧ください^^

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前哨戦なども含め「関ヶ原の戦い」を全国エリア別にまとめてみました

今 ...

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長月 七紀・記

【参考】
国史大辞典
『戦国武将合戦事典』(→amazon link
関が原の戦い/Wikipedia
家康公史跡めぐり

 



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