合戦

火縄銃(種子島)で撃たれたらどんな死を迎える?直政の死因は鉛中毒か!?

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「鉄砲で撃たれたら医学的にはどうやって死に至るの?」

「そもそも戦国時代の鉄砲って殺傷能力どれくらいなの?」

担当編集さんから、こんなどストレートな質問をされました。

殺傷能力は弓や槍をはるかに凌駕する鉄砲は、戦国時代に種子島へ到着するやいなや、瞬く間に全国へ拡大。
その普及につれて合戦時の死因も大きく様変わりしたと言います。

今回のテーマは鉄砲です。
徳川四天王の一人・井伊直政の死因と合わせて考察いたしましょう。

 

直径10㎜の弾で20㎜の穴が開く

まず銃で撃たれ傷は「挫創(ざそう)」か「裂創(れっそう)」に分類されます。

医学的には【鈍器が強く作用、圧迫した部位や周囲にできる創(そう・傷のこと)】を指し、銃が鈍器ということについて違和感を覚えられるかもしれませんが、弾と骨に挟まれた部分が挫滅すると捉えて下さい。

銃弾は大きな運動量エネルギーを持ち、人体に撃ち込まれた弾が小さいトンネルを掘るようにして進むわけではありません。

少々説明がややこしくなってしまいますが、周囲の組織を挫滅させ、運動エネルギーの減衰分を放射状に発散して周囲の組織を圧迫、結果として銃弾の直径よりも大きな空隙(穴ぼこ)を形成します。

平たく言えば、直径10㎜の弾で20㎜の穴が開くという感じですね。

死因については、上記の過程でどの臓器が巻き込まれたかで決まります。

例えば脳などの中枢が破壊されたらほぼ即死ですし、心臓をやられても血流が止まって即アウト。太い動脈が傷ついたら出血多量で数分です。まぁ、当時の戦場でしたら一発で致命傷にならなくても、動けなくなったら他の方法で討ち取られていたことでしょう。

 

火縄銃の初速は案外速く毎秒480m

銃の殺傷能力については、銃砲刀剣類所持等取締法(銃刀法)施行規則に基準があります。

E=mv2(二乗)/2
※(mは銃弾の質量(kg)、vは銃弾の速度)としE/S≥20J/cm2(ただしSは銃弾の底面積)を持って殺傷能力ありと判断しているそうです

理系の方以外はチンプンカンプンですよね。

要は、より速くて重ければ威力が増すってことで、定義自体は弾丸の初速を計算し、殺傷能力の判定に用いられております。25口径の拳銃ですと初速が250m/s、高速ライフルだと1000m/sを越えるものもあるそうです。

では火縄銃の初速は?

「んな記録残ってないっしょ」と思ってしまいましたが、親切にも火縄銃マニアの方が作成された実験データがありました。

19世紀初頭に作られた高品質の国友筒ではありますが、その記録が480m/sですから拳銃以上の値ですね。この方の実験では50mの距離で鉄板を軽く撃ち抜いていますので、50mであれば鎧を貫通して相手を倒せると言えましょう。

戦国時代ですと、これよりスペックが劣るのは間違いありませんが、それでも射程距離は50mぐらいだったなんて話があります。

問題は、当たるかどうかですよね。上記の国友筒による一斉射撃であれば80〜100m離れた敵に充分効果があると考えられますかね。意外に強い。

 

鉄砲の筒底を支えるネジもこのとき渡来した

さて、鉄砲伝来と言えば1543年(天文12年)の種子島ですが、最近はそれ以前に倭寇によってもたらされたなんて話もあります。

しかーし! 火縄銃の異名が『種子島』であるように、この時期に持ち込まれた鉄砲は重要な意味を持っております。その歴史を少し振り返ってみましょう。

まず、種子島に漂着したのはポルトガル船ではなく中国船です。同乗していたのが南蛮人で、彼らから鉄砲2挺を買い上げた領主・種子島時堯(ときたか)が島の刀鍛冶・八板金兵衛に分解させ、その複製研究を進めました。

この時一番苦労したのが、鉄砲の銃身(筒)の底の部分をどうやって塞ぐかだったようです。

鉄砲で弾を撃ちだす原理は、筒の中で火薬を爆発させ、そのガス圧で鉛(弾)を的に向けて発射させるというものです。それには当然、筒の末端に相当な圧力がかかりますので、万が一、その部分に隙間があればガスが抜けてしまって威力が出ませんし、かといって爆発の衝撃で底が吹っ飛んでしまうようなヤワな作りでしたら、射手が怪我をしてしまいます。

そこで用いられたのが「ネジ」です。

実はこの筒底、ネジ(尾栓のネジ)で出来ておりました。気密性が得やすく、筒の手入れも簡単。日本でも、古くから実生活で使われていそうなもんですが、鉄砲伝来以前にはネジの記録がありません。なので、鉄砲と一緒に伝来したというのが通説となってるんですよ~。

ただし、歴史のテストで1543年に種子島に伝来したのは『ネジ』と書いても不正解になるでしょうからご注意を。塾の先生は、生徒さんに豆知識として披露されても良いかもしれません。

冗談はさておき、鉄砲伝来の翌年、種子島で初めての国産火縄銃が作られました。そして、堺の商人によって本州に持ち帰られ、以降、日本全国に広がっていきます。

大坂・堺の鉄砲鍛冶/wikipediaより引用

 

「戦いの火蓋が切られた」の語源となってます

せっかくですから、今回は現代の銃と火縄銃を比べ、その仕組み、使い方を学んでみましょう。

まず現代の銃ですが、銃弾には、銃から発射される弾頭と、弾頭を飛ばすための火薬、弾頭を飛ばす火薬に着火するための少量の火薬(起爆薬)がセットになって、更にケース(薬莢)に入っています。

それゆえ拳銃に弾を装着すれば火薬の装填も同時にオーケー。引き金を引くと、銃内部のピンが銃弾の底部を叩いて起爆薬が発火し、火花や可燃性ガスが薬莢内の小さな穴を通って、弾頭を飛ばすための火薬に引火し、さらにそこで発生した燃焼ガスで内部圧が高まり弾頭が発射されます。説明が一気で、息が切れた方申し訳ありません。

お次は火縄銃です。

火縄銃は弾頭と火薬がバラバラになっていて、銃口から火薬と弾を込める「先込め」方式です。発射の手順としましては、まず銃口を上に向けて火薬と弾を入れ、銃に付属の棒(カルカ)で押し込めます。起爆薬は筒の横についている火皿にいれます。ここに火をつければ筒内部の火薬に着火し銃弾が発射されるという仕組みです。

ただし、狙いをつける前に誤射すると危ないので、火皿の上には安全装置の火蓋がついており、火皿に火薬を入れた後は、いったん火蓋を閉じて火ばさみに火縄を挟み、狙いをつけたら火蓋を開いて(切って)引き金を引くことにより火縄が火皿に落ちてズドーン!となります。

「戦いの火蓋が切られた」の語源は、この火蓋であることも、ネジにつぐ豆知識。

 

仮に命をとりとめても怖いのがガス壊疽です

合戦というと、弓矢が飛んで馬が草原を駆け抜け、槍や刀の兵士たちが待ち構えている――。そんなシーンからして、いかにも槍や刀による攻防が死因に繋がると思われがちです。

が、実際その主力は飛び道具であり、鉄砲以前は弓矢や石礫(いしつぶて)などが死傷原因の7~8割を占めていたとも言います。近接戦闘になれば主力は槍で刀の出番はあまりなかったとか。

そして弓矢よりも訓練の時間が短くてすむ鉄砲の登場により、戦国後半以降は主力になっていったのです。

むろん、鉄砲による攻撃でも、一発の弾丸で死ぬケースばかりではありません。

仮に一命を取り留め、戦場から脱することに成功したとしましょう。その後の処置も大変で、弾丸は周囲の土埃や雑菌を体内奥深くまで運んでしまうため、恐ろしい感染症をおこしてしまうこともしばしば。抗生物質のない時代ですから、こうした外傷が原因で『ガス壊疽』を起こすこともよくあったようです。

ガス壊疽とは、傷口から浸入した細菌が筋肉を壊死させる病気です。二酸化炭素やメタンを産生しながら感染が広がり、筋肉が腐り落ちることからこの名がつきました。

詳しく申しますと、クロストリジウム属の細菌によるものとそれ以外(大腸菌など)に分けられますが、戦争や災害などによる外傷性のものはクロストリジウム性ガス壊疽が多いので、この先はそちらに絞って話をいたします。

クロストリジウムは嫌気性で芽胞を形成するグラム陰性の桿菌です。その菌は、土壌内部や生物の腸内など酸素濃度が低い環境に生息。したがって大気レベルの酸素濃度でも死滅してしまうのですが、「芽胞」と呼ばれる状態を作ることで酸素濃度が高い場所でも生存できます。

芽胞のイメージは、分裂などの生命活動ができない代わりに、強度なバリアを張っている、ドラクエでいうなら「アストロン」な状態です。

続けて、いざ銃弾で撃たれた時の発症状態を考察してみましょう。
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