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日本100名城・写真館

根室半島チャシ跡群(日本100名城No.1)ドローンで堪能する北の柵~画像5枚+動画

更新日:

 

【根室半島チャシ跡群の基本データ】

名称:根室半島チャシ跡群(日本百名城1番)
成立:16~18世紀
城主:アイヌ族
合戦:クナシリ・メナシの戦い(1789年)
名物:カニと網走刑務所
一言:残念ながら、勇壮な天守閣はありません><; よって初心者お城ファンにはとっつきにくいですが、今流行のドローン撮影の映像美(地元の方が撮影)を見ると、確実に惚れます! 最後までお付き合いください。

ナビゲーター:石垣 鉄男&櫓 優子&お城野郎!


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まるで普通の港や海岸にしか見えないが……

石垣 鉄男(以下、鉄男)「いやぁ、ついに始まったね。もう後には戻れないYO!」
櫓 優子(以下、優子)「皆さま、はじめまして。演歌歌手の櫓優子と申します。これから百名城で100回の連載。少々長くはなりますが、わたくし、北は根室から南は沖縄まで、全力を持ちまして最後まで……ご静聴ありがとうございました」
鉄男「……長っ!」
優子「あら、しつれい♪」
鉄男「まず最初に、当コーナーを説明しておくと、お城の写真で盛り上がろう!ってことで 」
優子「日本百名城のね。画像が中心のコーナーかしら」
鉄男「そうそう。スマホでも気軽に現地気分を味わって貰おう!と同時に、皆さんよろしければ自慢のお城写真を投稿してくださいって感じで」
優子「bushoojapan@gmail.comまで、お城写真、ご投稿お願いしますm(_ _)m 記事末に掲載させていただきますm(_ _)m」
鉄男「さすが売れない演歌歌手。お辞儀は上手ですね」
優子「バカなこと言ってないで、早く写真を見せて。今回は根室半島チャシ跡群なのよね」
鉄男「そうそう。んじゃ、まずはこれから! じゃじゃーん!」

優子「えーと……ごめん。私の勘違いだったらほんと申し訳ないんだけど、普通の港では? それこそ演歌で歌ったほうがよさそうな」
鉄男「いやいや、これこそが日本百名城の第1番"根室半島チャシ跡群”なんだよ。正確には、24箇所のチャシが指定されているうちの一箇所で、オンネモトチャシというんだけどね」
優子「さっきからチャシって?」
鉄男「柵とか砦という意味のアイヌ語だよ。実際は祭祀場にも使われたらしいけど、城の防御拠点イメージとピッタリでしょ」
優子「う、うん……。にしても、地味ね……。一応、百名城だから、せめて石垣とかはないのかしら?」
鉄男「あるよ。さぁ、魅せますよ、ほらっ!」

優子「えっと……。( ・ิω・ิ)←今、こんな顔になってるの私だけじゃないハズよ」

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特に大きな戦いは1789年のクナシリ・メナシの戦い

鉄男「遠くに丘が見えるよね? その海辺が石垣になってるんだけどさ」
優子「ごめん、見えない><; でも、なんでそんな石垣が作られているの? 基本データによると、16~18世紀頃の成立ってあるわね。ロシアからの攻撃にでも備えたのかしら」
鉄男「外国との小競り合いは不明ながら、和人とアイヌ人の大きな衝突があった記録が残されているんだよ。特に大きな戦いは1789年のクナシリ・メナシの戦いで、和人が71人殺され、その処罰としてアイヌ民族37人を処刑にしたという」
優子「悲しい過去ね……」
鉄男「今とは価値観が違うから何とも言えないけど、実際、北海道には500のチャシがある。道央から道東にかけてが多く、基本はアイヌ民族の居住区だった」
優子「札幌とか函館の辺りじゃないのね」
鉄男「道南はもともと松前藩などもいたから、事情は少し違うよね。一方で道東は、現代でも流氷が流れ着いちゃうような極寒の地だし」
優子「しかも500年前だから大変」
鉄男「ジュンもホタルもまだかなり子供で、電気も水道もなかったよなぁ……」
優子「存在すらしてないわよ!」
鉄男「ともかく場所も確認しておこう」

優子「えっと……3つあるけど……」
鉄男「最初に答えを言っちゃうと、北海道には日本百名城のうち3つあるんだー」
優子「あら、そうだったの。一番右(東)が、今回の根室半島チャシ跡群ね」
鉄男「そうそう。五稜郭と松前城は明日以降に登場するから」

まさかの看板だけ?と思いきや

優子「もう一つの地図(下)は?」
鉄男「こちらのグーグルマップには、百名城の全スポットをマーキングしておいたから、読者の皆さま自由に使ってくださーい^^ ただし、スマホの機種によっては地図表示が厳しいので、PC推奨ッス!」

優子「確かにこれは便利ね」
鉄男「さて、画像はまだまだこれから! 看板の写真、ありますよ!」
優子「えっ、どんなの? きっと地元を代表するような一枚なのね! 楽しみだわ」
鉄男「フフッ( ・ิω・ิ) エイッ!」

優子「えと……ナニコレ?」
鉄男「地元で迷わないための看板だよ。大事でしょ。もう一枚あるよ、そりゃっ!」

優子「まんま看板じゃない、いい加減にして! 看板娘とかそういう代表みたいな意味じゃないの!?」
鉄男「アイタタタ……。いや、オレが編集部から貰った写真がこれだけなんだよ~」
優子「もう! お城跡には間違いないんでしょうけど、これじゃあんまりだわ」
鉄男「と思って用意しておいたよ。というか、Youtubeで探してきたよ」
優子「えっ?」
鉄男「すごいよ、ドローンでオンネモトチャシの空撮動画があったんだ。とにかく素敵な映像でさ。撮影者は365maltaさんといって、地元有志の方みたい」
優子「ウソッ。それは早く見たいわ」
鉄男「では、再生ボタンをクリックしてみよう、ポチッ!」

優子「キャ~! ほんとうに素敵ね~!」
鉄男「ナショジオみたいだよね。途中の一瞬、岡崎体育のPVみたいになってたけど、とにかく素晴らしい映像美。北海道の良さが出てるなぁ」
優子「ほんと、そうね。城、という意味では肩透かしかもしれないけど、本州では絶対に味わえない雰囲気だわ。もっとテレビとかでやればいいのに」
鉄男「きっと、これからやってくれるよ。武将ジャパンって意外に番組関係者とかにも読まれてるらしいから、何かのキッカケになればいいなぁ」
優子「そういえば編集長が東海地方のFMラジオにも出てたらしいわね」
鉄男「出演2回で終わったから、きっとスベったんだよw」
優子「あら。だったらこの連載には、関わらないようにしてもらわなきゃ」
鉄男「もう、伝えておいたよw んでね。実際に根室を訪れたいなら、Youtubeも紹介していた根室市観光協会のサイトを参考にするといいよー。解説なんかも詳しくて、リアルに回るなら絶対に役立つ!」
優子「へー、マンガキャラもいるんだー」
鉄男「それとね。この連載が始まったら、今後はコラムも追記していく予定になってるから。
優子「誰が書いてくれるの?」
鉄男「このサイトでも連載しているお城野郎さんだって。城郭検定試験で2級(初回で最高位)を取っている方だよ 」
優子「あなた、助かったわね。それなら記事に厚みが出て、連載も続きそう!」
鉄男「なんだか通販番組みたいになってきたので、今回はここで〆よう。後はお城野郎さん、よろしくです!」

コラム「お城野郎!の百名城バンザイ!」

日本100名城の一発目として、これほど皆さんの期待に肩透かしを喰らわせる城は……おっと、チャシですね!

「ククク、試験に落ちるのが怖くて、いつまでも城郭検定一級を受けられないチキンなお城野郎にチャシは語れまい」
と、カムイの声が聞こえてきそうですが、実は私、仕事で北海道に7年いたことありますので、チャシの愛で方には自信があります。
何と言っても、やはり100名城。
城には必ずそこに築かれた理由があり「要害を構えて侵されない」という城の定義をチャシにも当てはめて行くとアイヌの城の全貌が見えてきます。

全長30キロの根室半島は、北海道全体から見ると小さな半島にしか見えませんが、これでも江戸城から川越城、または名古屋城から岐阜城までの直線距離がすっぽり収まる大きさです。その範囲に24もの城(チャシ)が連なっていると考えると壮観ですね。
特徴的なのは、この24のチャシ全てが根室半島の北の海岸線にあり、ほぼ全てのチャシが海岸線と河口の交わる場所にあることでしょう。このように城の正面(要害)が海を向いているということは、彼らの要衝が海だったことが分かります。

チャシを純軍事的な城砦と考えると、オホーツク海一帯を荒らす海賊の存在を予想しますかね?
その手の無法者の存在は確認できません。和人との戦や散発的なアイヌ同士の抗争もあったようですが、そのための城としては城の正面が海に偏り過ぎています。
アイヌと和人は不仲――というのも、おそらくや誤った認識でありましょう。
アイヌは松前藩を通じた重要な交易相手でしたし、根室は千島列島のアイヌや、南からやってきた和人との中継貿易の地としてシンガポールのような場所だったことが当時の交易記録からも分かります。また、チャシは16世紀から18世紀にかけて造られていることも分かっています。これは室町時代から江戸時代にかけての時期で、蝦夷地に和人が頻繁に交易にやってくる時期と符合します。

このように考えると、根室半島のチャシ群の役割は軍事的な用途というより、和人やアイヌ同士の交易の場としての港や倉庫、またビジネスの場として集会所を設け、そして自分たちの水産資源を彼らヨソ者に奪われないための河川や海の監視場所としても機能していたことが考えられます。
さらに毎年、我が村に鮭の遡上がやってくるようにカムイへの祈りを捧げなくてはなりません。
そういった祭祀に場所としてもチャシが利用されました。
我々和人が港や岬、城の一角に海の神様である「住吉神社」や「金比羅宮」を設置するようなものですね。

チャシの役割をなんとなく掴んだところで、その造りに目を向けますと、写真のように土塁と堀の他にはほとんど何も残っていません。
ただし、北海道全体では500ほどのチャシが確認されています。チャシは4つの様式に分類されています。
丘の突端に突き出た「丘先式」、崖を背にして空堀で囲む「面崖式」、高い丘の頂を堀で囲んだ「丘頂式」、そして湖や河川内の小島を要害化した「弧島式」です。

大切なことは、和人とかアイヌとかではなく、「人の手で要害を構えた」ということではないでしょうか。
北海道の大自然に立つと、人間の存在などちっぽけなものです。その中に明らかに人が手を加えた痕跡が確認できるだけでも、そこに人類の叡智を感じずにはいられないでしょう。

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【参考】
根室市観光協会
公益財団法人日本城郭協会
日本100名城/wikipedia
日本100名城に行こう 公式スタンプ帳つき

 





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