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日本100名城・写真館

根城(日本100名城No.5)南部氏が馬産地八戸に築いた南朝拠点(画像10枚)

更新日:

 

【根城の基本データ】

名称:根城(日本百名城5番)
別名:特にナシ
成立:1334年
城主:南部師行(もろゆき)
合戦:対北朝の合戦拠点
名物:せんべい汁……と思いきや八戸前沖サバ!
一言:八戸市は、南部せんべいを鍋に入れた「せんべい汁」が有名ですが、最近の一押しは「日本一脂が乗ってる」という「八戸前沖さば」のようで。そもそもせんべい汁も、サバを出汁にした鍋に入れることもあるそうです。関サバより上というのか!? アンジャッシュ・渡部さんも食べてるかな?

ナビゲーター:石垣 鉄男&櫓 優子&お城野郎!


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築城年は南北朝まで遡る歴史深い根城

櫓 優子(以下、優子)「今日は、サバなのね。まったく、もう、お腹減っちゃう!」
石垣 鉄男(以下、鉄男)「日本一脂が乗ってる――という基準も推進団体が示されていて、本気だね(公式サイト)」
優子「知名度の低い今が食べごろかも」
鉄男「お腹グーグーの読者様、ゴメン!!!」

優子「うわぁ、ついに写真を!」
鉄男「だって美味しそうなんだもーん」
優子「これは日本酒や焼酎と相性良さそう……」
鉄男「考えてみたら、今回の100名城・根城も渋い味わいだよなぁ」
優子「そうそう、早くお城へ行きましょう!」
鉄男「では、ここら辺りから……」

優子「メインの建物よね」
鉄男「うん、主殿だね。オリジナルの根城は1334年に建てられ、南部氏が拠点にしていたんだ」
優子「かなり歴史があるじゃない」
鉄男「室町・戦国期を通じて300年間ほど使われた。特に、南北朝のときには対北朝の拠点として活用され、小田原征伐の後、豊臣秀吉によって破壊命令がくだされたんだ。で、江戸時代に入るとスグに廃城だよ、寂しい(´・ω・`)」

小田原征伐をスッキリ解説! 北条家が強気でいられた小田原城はどんだけ強かった?

 

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バラエティに富んだ復元施設にご注目

優子「今の建物は復元なの?」
鉄男「昭和53年から発掘調査などが始まり、平成6年に復元された」
優子「天守ありき、じゃないというのも面白いわね」
鉄男「そうそう、復元された施設は結構バラエティに富んでるんだよ。例えばこれとか」

優子「あら、ホントね。ここは何の施設なの?」
鉄男「工房だよ。武具を作ったり修繕したりするところ。主殿も別の角度からもう一枚」

優子「うん。やっぱり味がある。ドラマの撮影なんかに良さそう」
鉄男「大河ドラマだと、最大の見所が九戸政実の乱かぁ。面白そうだけど、視聴率的には厳しそう……。ちなみに一枚のみだけど、主殿内の写真もあるよ」

優子「掛け軸の絵が不動明王っぽい」
鉄男「よく見ると腕が4本あるから違うっぽいんだよなぁ。誰だろう」
優子「主殿の部屋は、ここだけなの?」
鉄男「いや、もちろん違うよ。色んな部屋があるうちの一つで、ここは祈祷之間。ほかにも広間に始まり、二之間や茶之間、控之間、詰之間(端っこの部屋)等、かなり大きな武家屋敷って感じ。ただ、写真がないんだけどね(´・ω・`)」
優子「あら、残念」

角度の急な薬研堀(やげんぼり)

鉄男「気を取り直してもう一枚!」

優子「全体のイメージ模型ね」
鉄男「そそ。少し殺伐とした感じが、ガチの軍事施設!って雰囲気でしょ」
優子「うん、これはわかりやすいわ。塀と堀で囲まれていたのがよくわかる」

鉄男「復元された塀もなかなか立派だよね」
優子「たしかに」
鉄男「堀は少しわかりづらいかもしれないけど……」

優子「たしかにチョット……」
鉄男「本当は、もっと深く掘られていたらしいんだ。薬研堀(やげんぼり)と言って、角度が急な空堀だったんだけど、そこまで復元できなかったみたいだね」
優子「何も言われなければ、ただの道に見えちゃう」
鉄男「堀は、角度の急さ、雄大さがポイントだよねぇ。実際に兵士が突撃してくるところを弓矢で狙ったりする図を想像すると面白い」
優子「ごめん、その境地には到達できなそう」
鉄男「訓練次第だよ。江戸城なんて絶望的にならない? 九段下駅から武道館までの道のり歩くと、左下に大きな内堀が見える。そこへ大将から【突撃じゃあ!】とか言われたらどうしよう……とか思っちゃう。こんな深いとこ無理無理、あ、オレ、死ぬなって」
優子「……そんなこと考えて武道館へ行ってるの? というか、そこは屋根の上に光るタマネギを見る場面でしょw」
鉄男「あっ……」

優子「なんだか竪穴式住居みたいね」
鉄男「実際に、竪穴式の納屋らしい」
優子「立派な茅葺屋根ね。白川郷みたい」

馬産地として知られた南部ならでは

鉄男「ラストは、馬屋でござーる」

優子「考えてみれば、馬屋を見る機会って貴重よね。あっ、お馬さんも!」
鉄男「模型だけどね」
優子「ここから見る限り本物の質感だわ~」
鉄男「実は、この地方は昔から有名な馬産地だったんだよ。南部馬って種類があるぐらい。ずんぐりむっくりで、ポニーに近いんだけどね」
優子「あら、可愛いじゃない」
鉄男「岩手県は、北海道に次ぐ馬産地だけど、根城の立地を見るとよくわかるよ」

優子「青森と言っても、岩手よりなのね」
鉄男「ここで太平洋の八戸前沖サバですよ!」
優子「あっ! お腹減った><;」
鉄男「では最後に、お城野郎さんの解説で〆ましょう!」

コラム「お城野郎の百名城バンザイ!」

根城のある青森県八戸市は文化圏でいうと同じ青森県西部の津軽よりも南の岩手県に近いと言われています。というのも青森県に根強く残る東西冷戦問題、津軽vs八戸は、そもそもが津軽氏vs南部氏だからです。

陸奥国(東北)一円における南部氏の勢力拡大は、この青森県八戸市の根城から始まりました。南北朝時代に南朝方として甲斐(山梨県)からやって来た南部師行という人物が八戸にやって来ます。八戸は馬の産地で牧場があったといわれています。南部師行も甲斐で何らかの牧場経営に関わっていて、南朝方の北畠氏に請われて東北にやって来たのではないかと言われてるんですね。軍事力と同時に畜産に強い人材はうってつけだったのでしょう。

南朝方では、北畠顕家をトップに陸奥国を勢力圏に組み込んでいました。
この北畠顕家という人物は後醍醐天皇に仕える貴族でありながら、東国の諸将を従える総大将として、南北動乱の中心地、京都などの上方に大軍団を送り込みます。人数だけでなく、その巧みな騎馬戦術によって北朝を凌ぐ強さを誇っていました。その中心にいたのが、南部師行率いる八戸根城の騎馬軍団です。

しかし陸奥国からあまりにも遠くに来てしまった為か、補給路が延びてしまい終盤は十分な実力を発揮できませんでした。遂には北畠顕家や南部師行も戦死して南朝は衰退していきます。師行死後、南部氏は北朝方に仕え、陸奥国に未だ残存する旧鎌倉幕府の御家人勢力の討伐に全力を注ぐことで家名を存続させます。その結果、陸奥国に巨大な南部氏の支配地域を確立しました。
というのが根城を中心とした南部氏の歴史です。根城を築城し、馬の産地を押さえた南部氏率いる東北の兵たちが戦に非常に強かったことが窺えますね。

南部氏は豊臣政権によって根城が廃城にされるまでの約250年間、根城をまさに「根城」にしていました。
注目したいのがこの250年という期間です。
江戸時代がほぼ250年間ですので、その息の長さがお分かりいただけるでしょう。

そして250年間もその土地にいて広大な支配領域を持っていれば、様々な親戚縁者、家臣たちが入り乱れて家督や領地をめぐる争いも起こります。そのドサクサで独立したのが津軽地方の津軽為信であり、因縁の始まりとなります。

根城そのものの防御能力は、攻撃を受けたことがないので不明ですが、戦国時代になり、南部氏が豊臣政権に吸収されると、九戸政実の乱が起こり、これを制圧した南部信直は現在の岩手県と青森県東部を含む広大な領地を得ます。
しかし根城や、南部信直が本拠地にしていた三戸城の位置は、当時の上方につながる街道から離れた場所にありましたので、蒲生氏郷や浅野長政などの勧めで豊臣政権の補給線上である盛岡城に拠点を移しました。これは南部信直に反乱しづらい場所に移して、名実ともに豊臣政権に吸収したともいえますね。
250年もの長きに渡り根城に根を張った南部氏の文化はその後も八戸に受け継がれ、現代も津軽とは別の文化圏を形成しました。

ちなみに根城は日本で初めて中世の城館を再現した城としても有名です。
何事も日本で初めてというのはマニア心をくすぐるものです。根城では青森の東西の因縁よりも、この地から上方へ屈強な騎馬軍団を送り込んだ歴史を妄想しながら復元された根城に想いを馳せてみてはいかがでしょうか。

※下記の地図には100名城すべてがマッピングされてます

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【参考】
八戸市博物館
公益財団法人日本城郭協会
日本100名城/wikipedia
日本100名城に行こう 公式スタンプ帳つき

 





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