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日本100名城・写真館

久保田城(日本100名城No.9)石垣なんて要らん!土塁こそ最強!(画像12枚)

更新日:

 

【久保田城の基本データ】

名称:久保田城(日本百名城9番)
別名:秋田城・矢留城・葛根城
成立:1604年
城主:佐竹義宣
合戦:戊辰戦争(ただし実戦はナシ)
名物:ハタハタの塩焼き
一言:舌触り、歯触りの淡麗さと相反するようなシッカリとした味わい、それでいて上品な香り。白身魚の王様はヒラメではなくハタハタ! そう断言できます。特に卵を抱えてお腹がぷっくり膨らんだ上物は、その身もさる事ながら卵のプチプチ感が何とも言えぬ食感と味わいで、都内で身の細い塩焼きしか知らない方には驚きを持って迎えられること請け合い。

ナビゲーター:石垣 鉄男&櫓 優子&お城野郎!


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佐竹義宣お得意のドリー&ホリー

櫓 優子(以下、優子)「なんだかお城情報というより、食の文章にチカラが入り過ぎてない?」
石垣 鉄男(以下、鉄男)「ハタハタ押してきたのが、またまた編集長なんだよ。なんだろな、あの人。グルメ雑誌の仕事でもやってんのか」
優子「ひそかにダジャレ入れて、あなたもオジサンね。編集長も歳を取って、色気より食なのよw」
鉄男「どうりで肉じゃなく魚介押しばかりなんだなぁ。もうお肉は胃が受け付けないのかもね」
優子「私も魚派だけど」
鉄男「そりゃ演歌歌手は漁師の支持を得るためにそう言っておかなきゃな」
優子「なにそれ、どんな偏見よw」
鉄男「さて、久保田城へレッツぎょぎょっ!」

優子「イキナリ、この一枚?」
鉄男「フッフッフッ。久保田城は、やっぱりココからでしょ。土塁と堀ですよ、ドリー&ホリー」
優子「久保田城は石垣じゃないってことね。でも、1604年の築城なのに?」
鉄男「もしかして土塁の城は丈夫じゃない、なんて思ってる?」
優子「い、いや、そもそも考えたこともなかったわw」
鉄男「実は築城主の佐竹義宣さんは、もともと土塁のお城造りが得意だったんだって」
優子「家康によって、秋田へ異動させられたのよね」
鉄男「そうそう。常陸にいた頃は、これまた100名城の一つに数えられる水戸城をテコ入れしてる。そんときも土塁と堀だけで築城してるんだ」
優子「なんだかコダワリ感じるわ~」
鉄男「面倒くさい人とか思ってない?」
優子「ちょっとだけw でも、いいと思う。プロフェッショナルって感じで!」

鉄男「だから、スガシカオさん入れるんじゃないって。まだお城の写真1枚しか出してないんだから」
優子「失礼♪ 写真を続けて」

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案内板にも「天守閣と石垣のない城」として紹介されている

鉄男「文字が小さくて読みづらいんだけど……」

優子「看板に”天守閣と石垣のない城として知られている”って書かれている」
鉄男「となると、俄然、注目は縄張り! ってなわけでお次はこれ」

出羽国久保田城図/国立国会図書館蔵

優子「あら、デザインがいい感じ」
鉄男「ほんと、そういう見方でもいいかもしれない。幾重にも曲輪が巡らされていて美しいでしょ」
優子「向かって左側のプリンが可愛いわ♪」
鉄男「いや、さすがにそれは違……」
優子「失礼、中村屋のアンマンだったかしら」
鉄男「西曲輪! これ見て何か思い出さない?」

本丸を防御すべく設置された西曲輪は真田丸?

優子「思い出すって?」
鉄男「ヒントは去年の大河ドラマ」
優子「あーーーー! 真田丸ね! あのときは大坂城から独立した小さな城って感じで描かれていたような」
鉄男「そうだね。でも、奈良大学の千田教授が発表するまでは、真田丸もずっと城にくっついた出丸のように思われていた。久保田城の西曲輪とソックリでしょ。逆に言えば、こうした出丸ってのが防御施設として重要だったことがわかるよね」
優子「うっ、すごい説得力を感じて反論できない。やっぱり実戦でも、その出丸が活躍したのかしら」
鉄男「それが秋田でも戊辰戦争はあったんだけど、久保田城は戦場になってないんだよ~」
優子「落ち込まないで次よ次!」
鉄男「おーぃえー、次はコレだ!」

優子「あれれ? 天守閣はなかったんじゃないの?」
鉄男「これは隅櫓なんだ。縄張りで言うと、本丸の左上の隅に設置されてる。だから隅櫓ね」
優子「TOP画像の写真もこれね。桜が少し映り込んでいる」
鉄男「今は木が生い茂ってるけど、往時は裸状態だったハズだよ」
優子「どうして?」
鉄男「木なんか植えてたら、鉄砲とか弓から身を隠せちゃうじゃん」
優子「言われてみれば、納得。どうしたの、今日はマトモな説明が多いわねw」
鉄男「ほっとけ! ほら次の一枚見て」

優子「たしかに木があると隠れやすいわね」
鉄男「そこで妄想。土が剥き出しになってるところを想像してごらん」
優子「うーん……ちょっとだけ雰囲気がアタマに浮かんできたw」
鉄男「昔の山城とかは、こうした裸の地面をさらに道みたいな畝を掘って、人がそこしか進めないようにしたり工夫していた。それだと櫓から敵を狙いやすいでしょ」
優子「ナルホド~」

優子「裏側から見ると、豪華なトイレみたいね。どこかのテーマパークの」
鉄男「こら!叱られるよ!」

秋田美人と日本三大ブスな水戸

優子「これは何ていう門なの?」
鉄男「本丸表門だよ。こっちは本丸と二の丸の間に建てられている」

優子「建物がナイナイって嘆いていたけど、こうして見ると、それなりに楽しみ方があるじゃない」
鉄男「フッフッフ。こういう演出方法もあるんでっせ」

優子「ごめん、なんか怖いw 門の向こうにヤマンバが包丁持って待ち構えてそう」
鉄男「どんな想像力だよ!」
優子「あるいは興福寺の僧兵が薙刀を握りしめてる」
鉄男「いや、城を見て想像力を働かせるってのは、そういう方面のことではなく……」
優子「冗談よ。でもこれ、昔だったら城側の兵は真っ暗の中、弓矢や鉄砲を持って敵の襲撃を待ち構えているワケよね? 怖すぎるわ」
鉄男「急に生々しい妄想力だなぁ。んじゃ、続けてもう一丁!」

優子「池?」
鉄男「二の丸跡に作られた千秋公園の中にある。まぁ、久保田城の中にあったんじゃなくて、公園になったときに作られたんだけどね」
優子「なーんだ」
鉄男「なーんだ、って、んなことばかり言ってると秋田に連れて行かないよ!!!」
優子「はっ? なになに? 急にどうしたの?」
鉄男「いや、ほら、秋田美人に対して水戸がブスって言うじゃん。あれって、家康によって飛ばされた佐竹さんがキレて、水戸の美人を秋田に全員連れて行った!なんて話があるの知らない?」
優子「じゃあ、私は秋田へ連れて行かれる方ね、ウフフ」
鉄男「どうせ、きりたんぽ鍋の食べすぎて、まるまる太ったハタハタみたいになるだけだよ」
優子「失礼ね! どちらかというと佐々木希さんよ♪」
鉄男「めんどくせーから次の一枚」

優子「なによ、ひどいわね~。こちらの建物は?」
鉄男「八幡秋田神社だよ。佐竹義宣さんをはじめ、義和・義尭さんも祀られているんだ」
優子「美人になれるようにお願いしとかなきゃ。お賽銭、貸して」
鉄男「ダメだ、こりゃ」

優子「で、コチラの方は?」
鉄男「佐竹義尭さんだよ」
優子「あら。私もよろしかったら美人しかいけない秋田へお呼びになってね、義尭さん♪」
鉄男「まぁ、義尭さんは相馬からの婿養子なんだけどね」
優子「なによ、それ」
鉄男「お城野郎さん、後はよろしくお願いしまーす!」
優子「土塁へのコダワリ解説を聞きた~い」

 

コラム「お城野郎の百名城バンザイ!」

久保田城は石垣を多用しない土の城として有名です。ただ、土の城は東日本では一般的な造りですので、それだけでは久保田城の真価は伝わりません。
同城が他の土の城より一歩抜きん出ているのは、土の城でありながら最新鋭の城塞都市である――ということです。

秋田には元々、湊城(みなとじょう)がありました。
常陸(茨城県)54万石から秋田20万石に減封されたとはいえ、20万石クラスの大名家にとって、この城は相当手狭。せいぜい5万石クラスの家臣団しか収容できません。
また、交易支配のために作られた海城の湊城は、茨城の内陸育ちである佐竹家にとって我慢のならない場所でもありました。
そこで内陸部に、20万石の家臣たちを住まわすための巨大な城郭と新しい城下町が必要となり、現在のJR秋田駅の西側、神明山を中心にして築城を開始したのです。

久保田城は、築城にあたり、旭川という現在も市内を流れる川の流路を城の東側から西側に移し変えています。これにより城の東側は大湿地帯として残り、久保田城東側の防御力を高めます。
城の北側と西側は旭川を水堀として防備を高めつつ、町人の城下町である外町と久保田城の明確な境界線とします。
城の南側には平原が広がっていましたが、そこに重臣たちの屋敷を構えさせて、藩外の者は入れない武士の内町を造り、狭い通りと複雑な折れを組み合わせて防御力を高めます。

この計画的な城下町のプランだけでもうお腹いっぱいですが、久保田城の縄張りも複雑です。
本丸を中心に二の丸、三の丸、北の丸、丸馬出を配置し、それぞれ枡形虎口の門を配置しています。また本丸へ向かうには必ず二の丸を通らなくてはならない仕組みになっており、二の丸からも数箇所ある入り口からしか本丸には入れません。

外郭には、西側に大きく張り出した巨大な「丸馬出」を完備しています。
大坂城の「真田丸」もそうですが、突出したところに見た目にも大きな馬出を配置する目的は、弱点の補強というよりも攻城側を引きつけて攻撃ポイントを限定させる役割を持っています。
久保田城の西側は旭川を挟んで最も城下町に近く、その城下町には羽州街道が通っていますので、羽州街道を進軍してくる敵兵を久保田城西側の城下町から丸馬出に引きつけている隙に、城の南北から打って出るという作戦が予想できます。

このように佐竹義宣の久保田城は、すでに泰平の世となった時期に築城され、城下町の発展も見越した場所に築城されたにもかかわらず、綿密な防衛計画の下に造られた最新鋭の城塞都市であるのです。
仙台の土地を知り尽くしている伊達政宗の街づくりとは違い、佐竹義宣の街づくりには、幕府に追われるように大幅減封で見ず知らずの土地にやってきた心境が現れているのです。
「久保田城は土の城」というイメージは変わったでしょうか。

※以下のグーグルマップには、日本100名城がすべてマーキングされております
日本100名城ALLマーキング!

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【参考】
公益財団法人日本城郭協会
日本100名城/wikipedia
日本100名城に行こう 公式スタンプ帳つき

 





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