魏無羨と藍忘機のルーツ

『陳情令』と『魔道祖師』/amazonより引用

歴史ドラマ映画レビュー

魏無羨と藍忘機のルーツがわかる~陳情令と魔道祖師は「武侠」で読み解く

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魏無羨と藍忘機のルーツ
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藍忘機――伝説となった最愛の侠侶

魏無羨が楊過ならば、その相手となる藍忘機はまるで小龍女のよう。

私は見た瞬間「ああ、男版の小龍女だ」と思いました。

彼の名は「湛」。溢れる様、水が透き通っていること。

令狐冲と正邪を超えて結ばれる任盈盈(じんえいえい)の名は「満ち足りる」という意味。名前の由来で似たペアといえます。琴を携帯しているところも共通しています。

そうなると彼女に近いかというと、任盈盈は日本の女優ならば栗山千明さんのようなクール系なので、ちょっとタイプが異なるのですね。

字の「忘機」は、チャンスやきっかけを忘れること。よいチャンスならともかく、恨むきっかけすら忘れるのだとすれば、彼らしいと言えます。

「含光君」という号は、光を含んだように美しい彼にこれまた似合っています。

◆全身真っ白! 黒髪をなびかせていて白いヘアアクセサリ

見た目が白い。白い服だ!

これは元となった小龍女の特徴です。

あんなに戦っていたら泥や血まみれになるのではないか? そもそも白服って、中国語圏では喪服ではないのか?

そんな疑念が湧いてきますが、小龍女は全身白くないと話にならないお約束があります。

黒髪はまとめず、一部を結ってあとは垂らす。この時代の女性ならば、髪には貴金属製の簪(かんざし)が定番だけれども、小龍女は白系統の布をアクセントとしてつけるだけ。

『神鵰侠侶』は、日本で『コンドルヒーロー』というサブタイトルつきでアニメ化されました。

この作品の小龍女はペールピンクの衣装、茶色の髪をまとめているというデザインで、日本でなければこうはならないと感じたものです。

これはまさしく藍忘機も同じです。あの見た目だけでもう「ああ、これは男の小龍女……」となる理由がおわかりいただけたでしょうか。

◆無表情だけど愛は深い

といっても、服装だけではまだ足りません。

小龍女は美形とされておりますが、特定のイメージはあります。

丸顔ではなく面長で、表情豊かではなく、冷静であること。喜怒哀楽をおおっぴらに出さないのです。

それでも見慣れてくると、彼女なりの深い愛情や感情がわかるようになる。そんなクールビューティであることが大事。

日本の女優ならば清原果耶さんあたりが近いかと思います。

これまた藍忘機と一致する特徴です。

◆最愛の人と崖落ちで十年以上離別……

いきなり崖落ちから始める世界観。どういうことなのでしょうか?

これ、ある意味親切設計と言えます。

『神鵰侠侶』では、猛毒に冒された小龍女が「十六年後に会いましょう」と告げて楊過の前で崖から落ちます。ちなみに武侠ものでは崖落ちで重要人物が死なないこともお約束です。

そして長い年月を経ても、二人の愛は変わらない。そこが感動的な話として有名なのです。

落ちる側と、落ちて待つ側という違いはあるけれど。崖落ちで十年以上引き裂かれるところが、まさしく楊過と小龍女!

あの崖落ち場面だけでグッと心を掴まれる人は多いのです。

ちなみに原作では13年の離別が、『陳情令』では三年延長されているのは、どう考えても『神鵰侠侶』を意識しているとしか思えません。

そんな崖落ち離別を見て『神鵰侠侶』を知っていたら、誰と誰が愛し合っていて、どういう話なのかは想像がつきます。

「あっ、崖から落ちて十六年後! そうか、この二人が伝説のカップルなんだな」

そう判断して、ボーイズラブが苦手ならばそっと鑑賞をやめてもよい。

実に行き届いた配慮があると言えます。

小龍女は伝説的で浮世離れしており、しばしば仙女(女性の仙人)にたとえられます。庶民的な小龍女は誰も求めておりません。

隣のお姉さん系女優をキャスティングしてしまった2014年版は批判が殺到しました。日本で最も鑑賞しやすいドラマ版はこの2014年版です。

見るべきかどうか。それは各自の判断にお任せしますが、原作ファンからは大ブーイングであったことはご留意いただければと。脚本も出来が悪いとのこと。

※これでは小龍包とさんざんつっこまれた2014年版

※近年の小龍女役で好評であったのは、2006年版の劉亦菲(リウ・イーフェイ)

◆ 各バージョンの「小龍女」を比較(→link

◆旧版と新版でイメージが全く変わってしまった中・日のドラマ(→link

しかし、ネットユーザーからのブーイングは収まらず、「小龍女が『小籠包』になった。どうして、毎回女優のイメージが変わるのか?」との声が上がっている。

そこまでハードルが高い伝説人物の男性版。藍忘機は実に高度な像に挑んでいるのです。

この歴代小龍女と並んでも、王一博の藍忘機ならばまったく見劣りはしないことでしょう。

 

江澄――暴虐のツンと哀愁のデレ

人間関係が同工異曲である『神鵰侠侶』。江澄はこの作品に登場する郭芙の同工異曲と言えます。

先にお断りしておきます。

郭芙は性格が最低最悪であり、武侠ファンならばまず嫌っている、難ありの人物です。

よりにもよってアイツと江澄を比較するな! そういう反発は覚悟の上です。

まずは名前から。

名が「澄」です。これは藍忘機の名である「湛」と似ています。似たところはあるのに、何かが違ってしまう。それは果たして何でしょうか?

彼は字の「晩吟」が切ない。「吟」は苦しい思いを切々と訴えるとか。ぶつくさ言っているとか。そんな意味です。

晩吟――この字は「もう俺のバカバカ!」と夜になってから一人でつぶやく。そんな姿を連想させるのです。

三毒聖手という号からは、二面性も感じます。

毒はあるけど、聖なる手。なんとも複雑な人物像が浮かび上がってくるよう。

彼の武器は紫電という鞭です。鞭は男女双方使うとはいえ、イメージとしては女性的な武器といえます。

息子でありながら、母から紫電を継いでいるところも、彼のヒロイン属性を感じさせます。

◆人間関係がそっくり

前述した通り、魏無羨は江夫妻に引き取られています。江夫妻の元にいた実子が、江厭離と江澄です。

郭芙は、楊過を引き取った郭家の長女であり、引き取られた楊過に反発する。いちいち楊過に対し「引き取っているのにどうして逆らうの!」と反発してしまいます。

江澄の苛立ちと同じ構図ですね。

ちなみに、引き取った夫婦の母親(黄蓉と虞夫人)が引き取った子の親に悪感情があり、あたりが厳しい点も共通しています。

◆名門出の重圧

郭芙の両親は、前作『射鵰英雄伝』主人公である郭靖と黄蓉。名門出としての重圧はかかります。

江澄も江家嫡子、のちの宗主としての重圧があります。

◆アイツに酷いことをした

郭芙は怒りに任せ、楊過に取り返しのつかない怪我を負わせてしまいます。

江澄は、魏無羨を死に追い詰める討伐を開始しました。揃いも揃って、ろくでもないことをしていると言えるのです。

◆アイツと親しいあの人が気に入らない……

郭芙は楊過と深い信頼と愛で結ばれている小龍女に、つんけんした態度を取ります。

江澄も、藍忘機とすんなり仲良くできません。

◆弟妹のような存在がいて、年代ジャンプ後に重要な役割を果たす

郭芙には郭襄という歳の離れた妹がいます。『神鵰侠侶』は十六年の年代ジャンプがあるのですが、ジャンプした後はこの郭襄が楊過と交流し、共に困難と戦います。

年代ジャンプしたあと、江澄の甥にあたる金凌が重要な役目を果たします。

◆ツンデレだが、デレは微量

郭芙は物語の最終盤、自分の気持ちに気づきます。

「私が楊過をいたぶったり、酷いことをしたのは、愛していたからだった! 私のバカバカ! 小龍女より早く彼と恋に落ちていたら……私の方が先に出会っていたのに、どうしてえーッ!」

遅いよ。なんなんだよ。だからといって許されんぞ。読者がそうツッコミを入れたくなる。

愛していたにせよ、ツンデレでも、やっていいことと悪いことがあるだろう。だからお前はダメなんだ。そんな展開です。

この郭芙の気づきは、そのまま江澄にも適用できるといえる。悲しいツンデレなんですよ。

ちなみにここではわかりやすさのためににツンデレとしておりますが、デレはほとんどありません。虫眼鏡でやっとみえるか見えないか程度です。

どうしてなの? ずっとそばにいて、家族のように育ってきて。一緒にいられると思ったのに、どうして!

そんな悲しい愛が根底にあるとすれば、なんとも切ない。字のように、晩になってからぶつくさと己の気持ちを嘆いている。それが江澄だと思うと、なんとも悲しいではありませんか。

それでも江澄は、郭芙ほど性格が悪いわけではありません。うまく魅力的な人物像に変えたと思います。

江澄は素直になれなくて、怒りっぽいだけで、悪人ではありませんよ。本当の悪人は他にいます。

郭芙は気の強そうな美形とされています。日本の女優ならば橋本愛さんのイメージです。そんなツンデレヒロインの男性版が江澄だと思っていただければご納得いただけるかと思います。

※郭芙、あまりに遅すぎる微量のデレ

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