時透無一郎(鬼滅の刃・霞柱)

『鬼滅の刃』12巻/amazonより引用

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時透無一郎(鬼滅の刃・霞柱)が古典的で新しい理由~儚い美形剣士の役割とは

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古典から一捻り! 血筋と外見だけ美しくとも……

では時透無一郎は手垢にまみれた古典的キャラだったのか?

と問われたら答えはNO。

定番の設定をそのまま使わないところにワニ先生の工夫があります。

・ご落胤ではなく「始まりの呼吸」の血統である

→隠し子設定は、現代ではむしろよい話よりも、スキャンダラスなマイナス要素になりかねません(『ゴールデンカムイ』の尾形等)

・主人公ではない

→昔の作品ならば、主人公は炭治郎よりも無一郎になりそうなところで。無一郎が主人公を食っているという指摘もあります

・登場時は冷たく周囲に無関心で、誰からも愛される性格ではない

→記憶を取り戻すまで複雑な経緯があった

・(ネタバレ)血統断絶

→呼吸の祖だけに一番尊いものとされそうで、そうはならない

かつてのフィクションならば、主人公でもおかしくない無一郎。

その流れで行けば炭治郎は脇役、善逸はお笑い枠でした。

無一郎の愛の力もあって禰豆子は人間に戻り、そのまま結ばれてハッピーエンド……そうなっていてもおかしくなかったかもしれません。

『鬼滅の刃』は、いわばベタな王道から一線を画しているのです。

最初の頃、彼は感情を捨て去って、合理性で行動しています。あの”よかった探し”が得意である炭治郎ですら「すごく嫌」「配慮に欠けていて残酷」と苛立ってしまったほど。

こういう配慮がないキャラクターは『鬼滅の刃』では酷い目に遭います。人間だろうが、鬼殺隊だろうがそうでした。

典型例が、那田蜘蛛山に登場した“サイコロステーキ先輩“こと、累に刻まれた剣士です。

彼はその配慮に欠けた合理性をわかりやすく説明してくれました。

「お、丁度いいくらいの鬼がいるじゃねぇか。こんなガキの鬼なら俺でも殺れるぜ。お前はひっこんでろ、俺は安全に出世したいんだよ。 出世すりゃあ上から支給される金も多くなるからな。隊は殆ど全滅状態だが、とりあえず俺はそこそこの鬼一匹を倒して下山するぜ」

次の瞬間、彼は切り刻まれてしまいます。

けれども、ネタにする前に考えてみてください。

彼はサイコロステーキとして惨殺されるほど、酷いことをしたのだろうか?

ただ調子こいて大口叩いただけなのに、おもしろいあだ名とネタになるほど悪人だろうか?

ネタとして面白がるだけでなく、そこは本作のテーマを考えたいところです。

最終回まで終始一貫して貫かれていることは「最愛の仲間たち」同士が協力し理解しあう強さです。

このことをふまえると、無一郎がほんとうに“無”のままであれば、作品のテーマに反する存在として、どこかで消えてしまってもおかしくなかったのでしょう。

しかし、悲しい過去の記憶と共に思いやりにあふれた心を取り戻し、情が有る存在になったからこそ、無一郎は立派な柱として務めを果たせたのです。

無一郎は美少年であり、血統も素晴らしい。けれども、それだけでよいのか?

周囲を思いやる心と感情を取り戻したからこそ尊く、人として昇華されていったのでしょう。

 

感情を取り戻し、深い人生を生きる

『鬼滅の刃』における“悪”は、鬼だけではありません。“感情”を失った、思いやりに欠ける人間もそうだと示されています。前述のサイコロステーキ先輩もこの一人としまして。

生きるために感情を捨てようとした時透有一郎。

忍として感情を捨て去った宇髄天元の父と弟。

欲望を満たすためだけに感情を捨て去っていた、伊黒小芭内の家族。

響凱が書いた原稿を否定した誰か。

こういう配慮に欠けて残酷な存在は、否定されます。その頂点が鬼舞辻無惨ですね。

一方で、鬼であっても感情を取り戻した者は、満ち足りた表情で消えてゆきます。

響凱は原稿を踏まない炭治郎に心打たれてしてしまう。

累も親の愛に気づき、やっと親子の心が通い合う。

猗窩座は愛した彼女の思いを取り戻し、満足げに散ってゆきます。

こういう鬼がいる一方で、心を取り戻せそうにない鬼は、誰にも惜しまれず、ただただ消えてゆきます。

心がそもそも空っぽの童磨は罵倒され続け、やっと心が芽生えたところでしのぶがダメ出しをします。

「とっととくたばれ糞野郎」

人の心をわからない。配慮しないことそのものが悪である。そういうテーマを、本作は貫く。

この世界に存在するものの善悪を分けるものとは、血筋ではなく、相手に配慮できるかどうか。

鬼であるか? 人であるか? 答えはそこにありません。

鬼であろうと、禰豆子と珠世には人を守りたい気持ちがある。

愈史郎は嫉妬深く、かつ配慮に欠けており、炭治郎らに邪険にしますが、その都度珠世にたしなめられている。

ゆえに彼らは悪とはみなされないのです。

そんな作品を貫くテーマが、兄弟揃って名前にまで反映されているからこそ、無一郎は重要かつ魅力的、ときに主人公を上回ることすらあるのでしょう。

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