鬼滅の刃舞台大正時代

『鬼滅の刃』1巻・9巻/amazonより引用

この歴史漫画が熱い!

『鬼滅の刃』舞台となる大正時代は過酷 たとえ戦いを生き延びても地獄は続く

『鬼滅の刃』は、大きな特徴があります。

そのひとつが、舞台が大正時代ということ。

20年にも満たない短い時代ゆえ、明治や昭和という時代ほど印象を残すわけでもない――敢えてそんな時代を舞台とするからこそ、この作品には独特の雰囲気があるのです。

では、それは一体どんな時代だったか?

『鬼滅の刃』と共に振り返ってみましょう。

 


炭治郎のささやかな幸せ

『鬼滅の刃』は、炭治郎が家族のために炭を売りに行く場面から始まります。

優しい母。

無邪気な弟妹。

素朴な幸福。

いつの時代も変わらない、そんな家族像があります――なんて思っていると、うっかり見過ごしてしまうかもしれません。

炭治郎は、鬼に生活を崩される前からすでに、今日の常識からすると過酷な生活を送っているとわかります。

・貧困と児童労働

まだ幼く、未成年である炭治郎が炭を売る。

あれだけの量を、山道担いでゆくのは想像を絶するほど厳しいことであり、なにより危険です。禰豆子も幼いのに、弟妹の面倒を見ています。

そういうものなのか……と受け流しそうになりますが、教育の機会を損失した厳しい環境だとわかります。

貧しく、山奥で、江戸時代とそう変わらない生涯を送る。そんなつつましい大正期の日本人像がそこにはあります。

・貧しくとも子沢山

父を失い、まだ幼い長男が出稼ぎをしている。

そんな環境なのに、 竈門家は子どもが多いように思えます。無計画だったのでしょうか?

そういう単純な話でもありません。

炭十郎の若くしての死は予想できたことではないからには、仕方のないことです。

大正時代は、国力を上げるため出産が推奨される一方、産児制限はないに等しい状態でした。

結果、育てきれぬ子どもがあふれたり、出産を繰り返した女性の心身が痛めつけられてしまう悲しい歴史もあったのです。

1920年代にマーガレット・サンガーが来日し、石本静枝らと共に女性を守るための産児制限が訴えられました。その努力が実るのは、もっと後のこと。

 


炭治郎、厳しい時代に放り出される

そんなささやかな少年時代は、早すぎる終わりを迎え、炭治郎は過酷な大正時代を歩むこととなります。

・近代国家

鬼に日常すら壊され、鬼殺隊になるために修行に励む炭治郎。

彼の周囲にいる人生の先輩たちは、厳しいというよりもしばきあげるようにして炭治郎を鍛えます。

男なら弱音を吐くな。強くなければ生きる価値なし!

そんな言動には、気持ちが暗くなるほどの叩き上げスパルタ思想が滲んでいます。

これも明治以降に広まったことです。

ナポレオン戦争を経て、人類は、王侯貴族の血筋でなかろうが、庶民だってしばきあげれば強い将兵が得られると気づきました。

こうした世界史的な流れをふまえ、明治時代の日本は全国民に対し、かつて武士階級のみにあった厳しい思想を植えつけてゆくのです。

近代国家とはそういうものだ――とまとめることはできましょう。

しかし、生きる側にとってはたまったものではありません。

兵士になれないほど病弱であるとか。適性がないとか。そういう人物、特に男児は精神的に追い詰められる。そんな構図が生まれてゆきます。

女性も、母たるものは我が子を戦場に散らすことが名誉だと刷り込まれていくのです。

前述の通り、貧しくとも子沢山の家庭は多い。とはいえ、国家がそうした貧困家庭の援助に乗り出すことはない。自己責任の社会でした。

本作の人物たちが吐き出す厳しい言葉は、大正時代という背景にあった思想抜きにしては理解が難しい側面はあると感じます。

・冷たい時代

鬼殺隊のような選ばれた存在以外でも、本作には「鉄拳制裁上等」の人物がさらりと出てきます。

沼鬼に捕食されてしまった里子の許婚・和巳は、かなり理不尽な目にあっております。

防ぎようもない里子失踪の現場にいただけで、鉄拳制裁を受けてしまうのです。

和巳が里子に悪いことはしていないし、防ぎようもないし、彼自身衝撃を受けている。

けれども、誰も和巳に寄り添わず、噂話でヒソヒソとしているだけ。人情がある時代であるどころか、ともかく冷たいのです。

これも【通俗道徳】が蔓延し、隣人の苦悩に冷たく、弱いものへの救済は国家としての無駄だと切り捨てられていた、そんな近代日本らしい描写だと思えます。

※以下は通俗道徳の関連記事となります

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・格差社会

近代とは、都市が形成されてゆく時代でもあります。

江戸時代だって、都市は十分に発展していました。

けれども明治以降、富も人もぐんぐんと吸収し、格差が生まれていく。炭治郎は浅草を訪れ、近代都市の発展に驚き、大正という社会の格差を赤裸々に見せてきます。

明治維新は「四民平等」を掲げ、確かに江戸時代の身分制度は崩壊しました。

しかし、別の格差は残りました。

出身地による格差。

藩閥政治。

大手商人が財閥となり、政治家と結びつくこと。

江戸時代以前から日本人であった層と、明治以降日本に組み込まれた北海道のアイヌや沖縄、そしてアジアの人々。

古い秩序は崩れたものの、新たな格差が生まれてゆくのです。

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