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いだてん特集

箱根駅伝の歴史&優勝チームまとめ いだてん金栗四三はナゼこの大会を始めた?

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「箱根駅伝」はお正月の風物詩に

箱根駅伝の大きな転換点――。
それは昭和62年(1987年)に始まったテレビの生中継です。

第69回箱根駅伝の中継で日本テレビが取り組み遂に実現しました。

山岳地に受診基地を設置し、ヘリコプターを飛ばす。
そんな技術的困難を乗り越え、当初は18.2%だった視聴率も平成15年(2003年)には30%を突破。

放映時間が14時間を超えながらこの数字を叩き出したのですから、モンスター扱いをされることは当然です。

となれば大学側にとっても宣伝のチャンスとなります。

特に昨今は少子化が進み、全国の大学は学生確保が大きな課題となっています。
箱根駅伝という華やかな舞台で成果を挙げれば、その達成も見込める。

商業主義に走る中で、海外からの留学生を選抜するチームも増えてゆきました。

箱根駅伝は、テレビ中継を契機にガラリと姿を変えたのです。皮肉にも金栗の初志とは異なる方向へと向かう道となってしまいました。

 

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駅伝の功罪

ここでもう一度、金栗の初志を振り返ってみましょう。

箱根駅伝の目標は
「世界に通用する長距離走選手の育成」
です。

その初志に、疑念が投げかけられたことがなかったわけではありません。

戦争を挟んで中止された直後の昭和26年(1951年)からは、あの慶応大学が駅伝の効能に疑念を抱き、8年間連続不出場であったほどです。

ロード走行によって、トラック競技に必要な柔軟性を失うのではないか?
中距離選手の育成に不向きなのではないか?

そんな懐疑論が呈されることもありました。

駅伝の功罪のうち、罪がクローズアップされるようになったのは、皮肉にもテレビ中継による盛り上がりが顕著となった頃からです。

箱根駅伝こそ、陸上の花形競技になりました。
日本の男子陸上選手は、駅伝で走ることこそが最高の栄誉だとみなされる、そんな時代となったのです。

前述の通り、大学としても箱根駅伝では好成績をあげたい、ゆえにそこを目指すわけです。野球少年が甲子園を目指すようなものでしょう。

しかし、こうした学生時代のスポーツを頂点だとみなすことには、危険性がつきまといます。

例えば海外から見ると、高校球児の酷使は異常を感じることもあるほど。

アメリカ球界が見る「KOSHIEN-甲子園-」「日本の高校球児は投げすぎだ」は本当なのか。

「アメリカの高校やカレッジでも、目先のゲームに勝ちたいがために連投とか無理な投手起用をする学校がないわけじゃない。私はそういったスクールを〝アウトロー(無法者)〟と呼んでいるんだ。彼らは選手たちの健康と将来を考えているとは思えないからだ。私の考えに反するからといって、日本のシステムを批判するつもりはないが、ア・リーグの某チームで選手の育成担当をしていたときには、私は若い投手には2日間の連投すら絶対にさせなかったよ」

甲子園での激しい投球が祟り、故障・消耗してしまう選手は少なくありません。
異常な暑さの中でも夏の高校野球は続けられます。

果たしてこれでよいのでしょうか?
危険では?
ハタから見ていてもそう感じることがあります。

それは陸上競技も同じで、箱根駅伝への注目度があがればあがるほど、マラソンでの活躍が難しくなるような状況が続いているのです。

金栗が日本の長距離走を盛んにするために、推進してきた駅伝。
しかし、近年ではその本末転倒とも言える弊害が見え始めています。

同じ長距離走でも、駅伝とマラソンはどうしても違う。
駅伝で強い選手が、マラソンで力を発揮できるとは限りません。

何と言っても20キロ走行とその倍の距離では、勝手が違います。マラソンに挑むからには、その対策をしなければならないのです。

箱根駅伝代表を経て、五輪に出場するというルートも、だんだんと変わりつつあります。
高校卒業後、実業団入りした五輪選手が出てくるようになりました。

スポーツとは、時代とともに変化するものです。
金栗の時代とは、スポーツ医学の考え方も異なるようになりました。当時では、通じないことがあっても何ら不思議はありません。

駅伝の歴史を通して見えてくるもの。
それはスポーツとそれを取り巻く環境が、いかに変化するかということでもあるのでしょう。

文:小檜山青

 

箱根駅伝の全優勝チーム ドコが最多?

1920年の第1回大会から2019年の第95回大会まで。

一体いくつの大学が優勝したり、連覇を重ねてきたのでしょう?

最多は中央大学の14回で、同校はこれまた史上最多となる六連覇も達成しております(次点は日体大の五連覇)。

最近は青山学院大学の強さが際立っておりましたが、長い歴史で見ればまだまだ実績不十分。
10回以上の優勝を数えるチームが以下のように5つあります。

中央大学 優勝14回
早稲田大学 優勝13回
日本大学 優勝12回
順天堂大学 優勝11回
日本体育大学 優勝10回
明治大学 優勝7回
駒沢大学 優勝6回
青山学院大学 優勝4回
大東文化大学 優勝4回
東洋大学 優勝4回
山梨学院大学 優勝3回
亜細亜大学 優勝1回
慶応大学 優勝1回
専修大学 優勝1回
東海大学 優勝1回
東京高等師範学校(筑波大学) 優勝1回

以下に年ごとにマトメておきました。

開催年 優勝大学 備考
95 2019年 東海大学 初優勝
94 2018年 青山学院大学 青学四連覇
93 2017年 青山学院大学
92 2016年 青山学院大学
91 2015年 青山学院大学
90 2014年 東洋大学
89 2013年 日本体育大学
88 2012年 東洋大学 山の神柏原
87 2011年 早稲田大学
86 2010年 東洋大学 山の神柏原
85 2009年 東洋大学 山の神柏原
84 2008年 駒澤大学
83 2007年 順天堂大学 山の神今井
82 2006年 亜細亜大学
81 2005年 駒澤大学 駒沢四連覇
80 2004年 駒澤大学
79 2003年 駒澤大学
78 2002年 駒澤大学
77 2001年 順天堂大学
76 2000年 駒澤大学
75 1999年 順天堂大学
74 1998年 神奈川大学
73 1997年 神奈川大学
72 1996年 中央大学
71 1995年 山梨学院大学
70 1994年 山梨学院大学
69 1993年 早稲田大学
68 1992年 山梨学院大学
67 1991年 大東文化大学
66 1990年 大東文化大学
65 1989年 順天堂大学 順天四連覇
64 1988年 順天堂大学
63 1987年 順天堂大学
62 1986年 順天堂大学
61 1985年 早稲田大学
60 1984年 早稲田大学
59 1983年 日本体育大学
58 1982年 順天堂大学
57 1981年 順天堂大学
56 1980年 日本体育大学
55 1979年 順天堂大学
54 1978年 日本体育大学
53 1977年 日本体育大学
52 1976年 大東文化大学
51 1975年 大東文化大学
50 1974年 日本大学
49 1973年 日本体育大学 日体大五連覇
48 1972年 日本体育大学
47 1971年 日本体育大学
46 1970年 日本体育大学
45 1969年 日本体育大学
44 1968年 日本大学
43 1967年 日本大学
42 1966年 順天堂大学
41 1965年 日本大学
40 1964年 中央大学 中央六連覇
39 1963年 中央大学
38 1962年 中央大学
37 1961年 中央大学
36 1960年 中央大学
35 1959年 中央大学
34 1958年 日本大学
33 1957年 日本大学
32 1956年 中央大学
31 1955年 中央大学
30 1954年 早稲田大学
29 1953年 中央大学
28 1952年 早稲田大学
27 1951年 中央大学
26 1950年 中央大学
25 1949年 明治大学
24 1948年 中央大学
23 1947年 明治大学
22 1943年 日本大学
21 1940年 日本大学
20 1939年 専修大学
19 1938年 日本大学 日大四連覇
18 1937年 日本大学
17 1936年 日本大学
16 1935年 日本大学
15 1934年 早稲田大学
14 1933年 早稲田大学
13 1932年 慶応義塾大学
12 1931年 早稲田大学
11 1930年 早稲田大学
10 1929年 明治大学
9 1928年 明治大学
8 1927年 早稲田大学
7 1926年 中央大学
6 1925年 明治大学
5 1924年 明治大学
4 1923年 早稲田大学
3 1922年 早稲田大学
2 1921年 明治大学
1 1920年 東京高等師範学校

最後の箱根駅伝 ゴールの先には戦場が…幻の第22回大会(昭和18年)を振り返る




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【参考文献】
『増補版 - 箱根駅伝 - 世界へ駆ける夢 (中公新書ラクレ)』読売新聞運動部(→amazon link
『駅伝がマラソンをダメにした (光文社新書)』生島淳(→amazon link
金栗四三 消えたオリンピック走者』佐山和夫(→amazon link
『走れ二十五万キロ―マラソンの父金栗四三伝』長谷川孝道(→amazon link
『箱根駅伝に賭けた夢 「消えたオリンピック走者」金栗四三がおこした奇跡』佐山和夫(→amazon link

 



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