徳川綱吉の時代から、日本では、犬がそこら中をうろついていました。
「里犬」という慣習があり、現在の「地域猫」に似た形式で、ご近所さん同士で飼育する場合も多かったのです。
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こうした犬は放っておけば勝手に増えてたり減ったりするもので、種として固定化しようとか、繁殖させようとか、そういうことはありません。
とはいえ例外はあります。
それが「狆(ちん)」です。
狂犬すらデレデレにしてしまう破壊力
小型で膝の上に乗り、屋内で飼育できる「狆」。
ふさふさした毛並みの美しさ、くりくりした目、愛くるしい姿は人々を魅了し、日本の貴婦人の間で幾代も愛されてきました。
どれぐらい歴史が古いのか?と申しますと、奈良時代に確認できるほどです。
例えば日本国語大辞典にも以下のように記載されております。
奈良時代中国から輸入され江戸時代に盛んに飼育。
日本の特産種として外国に輸出されるが、現在ではイギリス・アメリカに優良種の産出が多い。
体質が弱く繁殖はむずかしい。
愛玩用。ちんころ。
「江戸時代に盛んに飼育」とありますように、同時代の浮世絵でも、綺麗な首輪をつけ、座布団に座った狆がしばしば描かれています。
この時代には専門のブリーダーもいたほどです。
ドラマ『西郷どん』でも、島津斉興の側室・お由羅が狆を抱く場面がありましたね。
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史実では、島津斉彬も狆を飼育していたようです。
斉彬が水戸藩主・徳川斉昭に狆を贈った書状があります。
狆は斉昭によく懐き、
「いただきました黒狆、おっしゃるとおりよく人になれています。私の膝から離れようとしないんですよ。手入れもよく、毛並みも素晴らしい!」
とまぁ、幕末の狂犬・徳川斉昭も、犬相手には牙を抜かれてデレデレ。
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狆は明治時代以降、「カメ」と呼ばれた西洋犬種にお座敷犬としてのお株を奪われてしまいました。
その様子は「オッペケペー節」で皮肉られるほどです。
幕末に「狆」へ注がれた熱いまなざし
幕末期になると、狆は来日外国人から熱いまなざしが注がれます。
黒船のペリー提督も、帰国の際には狆を連れ帰ってほど。
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とりわけ熱心に欲しがったのが、イギリス人でした。
同国には、もともとチャールズ2世がこよなく愛した「キング・チャールズ・スパニエル」という犬種がおりました。
上掲の絵がキング・チャールズ・スパニエルです。
なんだか狆の面影がありますよね。
しかしこの犬は、時代がくだるにつれて混血が進み、どういう犬種であったか、わかりにくくなっていたのです。
そこで来日したペリーやイギリス人は考えました。
『もしかして、日本の貴人が買っている狆という犬は、キング・チャールズ・スパニエルのことではないだろうか?』
確かに辻褄はあうのです。
イギリスと日本が貿易をやめる前、ジェームズ1世と徳川秀忠の間では交流がありました。
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その際に狆がイギリスにたどりついてもおかしくない……そう推理されたのです。
※現在でも、狆かペキニーズが祖先と推測されています
なんせ王室がらみの犬ですからイギリス人も熱くなり「幻のチャールズ王の犬を再現できるなんて!」と、絶対に狆をイギリスに持ち帰ったるで、と考えたわけです。
コトの真偽はともかく、狆はイギリスにおいても貴婦人のハートをがっちりと掴みます。
ヴィクトリア女王に献上された狆は無事に繁殖し、王室の女性の膝の上で眠るようになったのでした。

のちのエドワード7世妃アレクサンドラと狆/Wikipediaより引用
日本人は西洋の犬種を喜び、西洋人は日本の狆に熱狂した――なかなかおもしろい犬事情が見えて来ます。
もしも島津斉彬が長生きして老後をノンビリ過ごすことができていたら?
同じく犬好きの西郷隆盛と共に、外国人向け狆のブリーダーになっていたかもしれませんね。
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文:小檜山青
【参考文献】
桐野作人『さつま人国誌 幕末・明治編』(→amazon)