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【近代警察制度】
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ジョセフ・フーシェこそが「近代警察の父」
近代警察の父は、フランスの政治家ジョゼフ・フーシェです。
正義を求める声に応えて近代警察を生んだ英傑。そうなれば「正義の味方!」と好かれても良さそうです。
しかし皮肉にも、我が国の川路利良と同様、フーシェの場合、むしろ嫌われ者なんですね。
ナゼでしょう?
それにはいろいろ理由がありました。
※『キング・オブ・キングス』予告。一分前後に出てくるジェラード・ドパルデューがフーシェです
かのナポレオンには“頭脳”と呼べる家臣がおりました。
一人目は、美貌の貴族出身シャルル=モーリス・ド・タレーラン=ペリゴール。
足が不自由で、精神は自由闊達、かつ享楽的な人物でした。
もう一人が、平民出身で生真面目な革命家気質なれど、「食事のように陰謀を必要とした」という評価のジョゼフ・フーシェだったのです。
ナポレオンの政敵がいかなる思考を持つか?
フーシェはそれを探るため、警察組織を作り上げたのです。
台頭目覚ましいナポレオンには敵も多く、フーシェは、その恋女房であるジョゼフィーヌからすら情報を得ていたのですから、たいしたものでした。
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ジョゼフィーヌとは? ナポレオンが惚れて愛して別れてやっぱり愛した女
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にしても……陰謀なしでは生きていけないって、見るからに陰気そうな根暗男ですよね。
こういう人物が警察を作ったのですから、そりゃアンチが増えるのも仕方ねー!と思われるかもしれませんが、理由はそう単純じゃない。
犯罪捜査よりも「思想の取りしまり」がメインとなった部分もあるのです。
結果、独裁者ナポレオンがヨーロッパで猛威を振るったわけで、フランスの宿敵であるイギリスあたりは、
「フランスの警察制度を真似るのはなあ」
と苦り切ってしまいました。

現代のフランス警察/photo by David Monniaux wikipediaより引用
1812年、ホイッグ党の外務大臣カニングは、こんなことまで放言します。
「フランスは警察改革のために、莫大な税金をかけています。家宅捜索やスパイ捜査をする、フーシェみたいな男の組織に縛られるなんて。そんなことになるくらいなら、誰かが3,4年に一度、ラトクリフ街道で喉を切られるほうがマシです」
イギリスの政治家がとにかく決断に迷うほど、フランス警察は賛否両論でした。
普通、こんなことを言ったら炎上しそうですが、世論は「そうだ、そうだー!」と賛同多数であるのです。イギリスは、よほどフランス警察が嫌いだったのでしょう。
しかし、イギリスの帝都・ロンドンは、工業化により労働者が増加、治安の悪化も明らかでした。
結果、ヘンリーとジョンのフィールディング兄弟、パトリック・カフーン、ロバート・ピール、ジョージ・ベンサムといった改革者の試みがあり、英国にも近代警察が誕生。
「切り裂きジャック事件」の犯人を逃すという痛恨事もあって、そうした不満が【シャーロック・ホームズ ブーム】につながったものの、道を聞けば素直に教えてくれる巡査たちは「ボビー」や「カッパー」と気安く呼ばれ、ロンドンっ子から親しみを持たれるようになりました。
さて、いよいよ明治維新を迎えた日本です。
「国際的に認められるためには、奉行所ではなく警察が必要だ!」
そう痛感した政府は、本場・ヨーロッパへ人を派遣しようと考えます。
そこで立ち上がったのは、薩摩隼人の川路利良でした。
刀剣で武装した日本の警察
【禁門の変】で来島又兵衛を狙撃して撃破した川路。
戊辰戦争では二本松で睾丸を撃たれながら貫通し、無事だったという経歴の持ち主です。
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禁門の変(蛤御門の変)が起きたのは孝明天皇が長州藩の排除を望んだから
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「川路ん金玉、素晴らしか!」
薩摩隼人もその豪胆さを絶賛したそう……って、大便に続いてシモエピソードの豊富な方です……。
「すごかっ!」
欧州に渡った川路が感動したのは、当時第二帝政と第二共和政のものであったフランス警察でした。
マルクスのような思想家からは「フランスにからみつく寄生体」と罵倒されるほど、市民生活に目を光らせた警察組織ですが、日本政府側の川路からすれば、理想の組織であります。
帰国後の川路は、江戸以来の警察組織を全否定し、フランス型にすべきである!と改革を断行。
このあたりの思想は、後の政治にも影響します。
イギリス型のような司法警察より行政警察を重視した日本型警察は、のちに政治警察である公安警察の突出につながり、戦前の社会を暗くする役目も果たしました。
同時に、日本独自の制度も作られます。
「邏卒」のちに「巡査」と呼ばれた職種であり、もともとは「武士を使うべし!」と川路が主張したことに始まるのでした。
川路は、武士以外を用いるのは失策とまで言い切っております。
で、結果がこれですな。
斎藤一のように、元新選組幹部まで巡査にする――そんなオーバースペックな組織が誕生。警察は、会津藩のように負け組佐幕藩の就職先としても人気がありました。
会津藩の「鬼」こと佐川官兵衛をスカウトしたのも川路です。
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このような大胆かつ画期的な改革を果たした川路を「日本のフーシェ」と呼ぶことすらありますが、それも納得ですね。
川路は、紛れもなく偉大なる改革者でした。
※明治の警察が映像化されたといえば、この作品ですね!「るろうに剣心 京都大火編」予告編
西南戦争では「抜刀隊」が活躍!
そんな川路に、選択のときが迫ります。
明治六年政変――征韓論に端を発し、西郷隆盛が政府を去った騒動です。
川路は西郷とも、その敵となった大久保利通とも昵懇でした。
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ここで私情を挟まず、西郷との敵対もやむなしと政府につきます。
司馬遼太郎『翔ぶが如く』で、西郷にどこまでもついていく桐野利秋との対立が描かれ、読み応えあるシーンの一つですね。
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川路は自ら組織した警察を、不平士族の反乱で鎮圧に派遣。
さらに明治10年(1877年)には、警察官・中原尚雄を西郷のもとに派遣しました。
表向きは薩摩出身中原の帰郷ですが、実は西郷の周囲を探り、暗殺すら辞さない――というもの。
こうした行動は、確かに「日本のフーシェ」と呼ばれるにふさわしいと言える陰謀家ぶりでしょう。
中原は生存し救出され、本当に暗殺計画はあったかどうか?で議論となります。
まぁ、西郷のシンパからすれば「そげんこっはどげんでんよか!」ですよね。
かくして西南戦争の引き金が引かれるのですが、川路の辣腕はさらに輝きます。
白刃をひっさげた西郷軍に苦戦した政府は、川路の組織した「抜刀隊」を導入するのです。
「抜刀隊」は、会津藩や佐幕藩出身者が多いと誤解されがちです。
元会津藩家老の佐川官兵衛大警部や山川浩陸軍中佐らが参戦し、その結果、佐川は戦死し、山川が次のようなヤル気満々の歌を残したイメージの影響でしょう。
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「薩摩人 みよや東の丈夫が 提げ佩く太刀の利きか鈍きか」
(薩摩人、見てみっせ、東国=会津の武士がさげている太刀が鋭いか鈍いか)
確かに会津の意気込みを感じます。
が、実際は混成部隊で、他ならぬ薩摩出身者も多かったそうです。
いずれにせよ、川路の「巡査は武士がよか!」という方針は大当たりで、「抜刀隊」は「田原坂の戦い」等で敵を挫くための大きな力となりました。
川路は当事者として、西南戦争の勝利を確認。
その後、再びヨーロッパの警察を見学する途上で、病に倒れて死去するのでした。明治12年(1879年)、享年46です。
さて、西南戦争等での「抜刀隊」の活躍により、日本の警察組織に大きな特徴も加わりました。
「剣道」の重視です。
武士の時代も終わり、時代がかった特技とみなされ、廃れてしまう可能性もあった日本の剣道。
それは犯罪者の逮捕に大きな力を持つ――そう証明されたのです。
※【H29第56回東京都剣道選手権大会】内村・警視庁×正代・警視庁
現代に至るまで、剣道や日本伝統武芸が警察組織において重視されるのは、川路のセンスあってのもの。
・西南戦争で西郷を暗殺しようとした
・フーシェを真似て警察組織の暗黒部を導入した
・夫人を斬殺した同郷出身の黒田清隆をかばった
川路に対しては、上記のような否定的な評価もあります。フランスでの大便投擲事件も、お笑いネタにされがちです。
が、とてもディスられるだけで終わってよい人物ではないはずです。
本場フランスから遅れることわずか一世紀ほどで警察組織を作り上げ、今日に至るまで武道を定着させたその力量は、英傑と言ってよいでしょう。
初代大警視(警視総監)としての活躍、辣腕ぶりは、過小評価できるはずもありません。
明治維新から150年の節目が過ぎました。
そろそろ川路どんにも、ふさわしい英名が欲しいところ。
新たな評価を期待しております。
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文:小檜山青
【参考文献】
菊池良生『警察の誕生 (集英社新書)』(→amazon)
一坂太郎『明治維新とは何だったのか: 薩長抗争史から「史実」を読み直す』(→amazon)
半藤一利『幕末史 (新潮文庫)』(→amazon)