新古今和歌集(1654年写本)/国立国会図書館蔵

文化・芸術

新古今和歌集が技巧的と言われる理由とその歴史 20首をピックアップ!

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定家の出番がやってきた

新古今和歌集といえば「技巧的」なイメージがあります。

主な選者だった藤原定家が和歌の師匠の家柄であったことに由来しているからでしょう。

式子内親王と藤原定家の関係――恋をせずとも恋を詠むのがプロ歌人

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この歌集の撰進が始まる直前、「御子左家(みこひだりけ・藤原北家の系統)」のライバルだった「六条家」の代表的歌人が亡くなっており、定家にとっては実力を証明する絶好の舞台でもありました。

藤原定家/wikipediaより引用

新古今和歌集とよく対比される歌集として「万葉集(7C後半-8C後半)」と「古今和歌集(905-914年)」があります。

万葉集の時代は、まだ和歌の“お約束”が定まっておらず、高貴な人も下々の者も、自由に心情や風景を詠んでいたといえます。

一方、古今和歌集は、万葉集の時代と比べて社会が発達してきていることもあってか、ウィットに富んだ歌が増えました。

そういった流れを意識すると、新古今和歌集はこの三つの中で最も新しい時代になるので、さらに和歌の技術が上がっている……ということが、なんとなく飲み込めるかと思います。

それを裏付ける手法として「本歌取り」があります。

過去の有名な歌の一部をもじって新しい歌にするというもので、新古今和歌集ができる前からありました。現代でいえば、過去の名曲をカバー・アレンジしたり、洋楽を日本人シンガーが歌うようなものでしょうか。

和歌において「本歌取りが上手い」ということは、教養の高さと自身の技術の高さを示すことになります。

そして、新古今和歌集の時代には、単なるパロディではなく「これ、もしかしてあの歌の本歌取りなんじゃ?」というように、パッと見ではわからないほど技巧を凝らした歌が増えました。

この辺が「新古今和歌集は技巧的」とされる由来でしょうね。

勅撰和歌集は「以前の歌集に載ってない歌から選ぶ」という原則はあるにしろ、歌人自体はそう変わりません。

そのため新古今和歌集にも万葉集時代の素朴な歌が入っています。

ぶっちゃけた話、編纂時期の「流行が現われているだけ」と考えても間違いではないかと。

新古今和歌集はできた直後から江戸時代まで高く評価されてきた歌集です。

しかし明治時代に正岡子規が「万葉集が最高! 古今も新古今もイラネwww」(超訳)という態度をとったため、

近現代ではあまり重視されていないフシがあります。極端過ぎるやろ。

正岡子規/Wikipediaより引用

 

序文からも伺える技巧の薫り

新古今和歌集で技巧が重んじられるようになったことは、序文からもうかがえます。

長いので一行だけ抜き出してみると

「やまとうたは、むかしあめつちひらけはじめて、人のしわざいまださだまらざりし時、葦原中国のことのはとして、稲田姫素鵞のさとよりぞつたはれりける」

【意訳】和歌は、昔々日本の国土ができたばかりで人々の暮らしも定まっていない頃、この国の文学として、スサノオノミコトとクシナダヒメの住んでいた土地から伝わったとされている

一行だけなのに、なんだかとても“長い”印象を受けますよね。

この部分を書いたのは藤原(九条)良経とされていますが、教科書っぽいというか、古文や歴史の授業っぽい感じが漂います。

これに対し、古今和歌集の序文の最初は

「やまとうたは、人の心を種として、万(よろず)の言の葉とぞなれりける」

【意訳】和歌は、人の心の中にある種から生まれ出る言の葉である

と、非常にシンプルなものです。

こちらは紀貫之が書いたとされていますね。

紀貫之/Wikipediaより引用

もちろん二人とも人間なので、性格や文体、好み、世情などが表れているのでしょう。

タイトルが似ているので忘れがちですが、古今集から新古今集までは300年ぐらい経っていますし、いろいろと変わるのは当たり前です。

乱暴に例えると、芥川賞や直木賞の受賞作品と、南総里見八犬伝(1814年刊行開始)を比較するようなものですから。

 

外せない「三夕の歌」とは?

さて、どちらかというと古文の範疇ですが、新古今和歌集といえば「三夕の歌」も外せません。

・寂しさは その色としも なかりけり まき立つ山の 秋の夕暮 (寂蓮法師)

【意訳】秋の夕暮れ時の寂しい雰囲気は、木の葉の色を問わず持っているものなのだな

・心なき 身にもあはれは 知られけり 鴫(しぎ)立つ沢の 秋の夕暮 (西行法師

【意訳】未熟な精神の私でも、鴫が川から旅立つような秋の夕暮れには、もののあはれを感じるよ

・見渡せば 花も紅葉(もみじ)も なかりけり 浦の苫屋(とまや)の 秋の夕暮 (藤原定家)

【意訳】この浦の粗末な我が家には花も紅葉もないが、秋の夕暮れは変わらずに訪れているよ

元々和歌には恋・春と並んで秋を詠んだものが非常に多いのですが、その中でも秋の夕暮は重んじられており、この三首が名歌とされました。

もうちょっと文法的なことをいうと、この三首が新古今和歌集でよく用いられている手法を複数使っているため、代表格とされたのです。

一つは「体言止め」。

和歌以外の文章でもお馴染みの、名詞(物の名前)で文章を終わらせる方法ですね。

もう一つが「三句切れ」です。

和歌は五・七・五・七・七の音で成り立ちますが、そのうち前半の「五・七・五」で意味や読みが区切れることを三句切れといいます。どこで切っても問題はないので、初句~四句切れまであります。

というか和歌で全く意味が区切れないというほうが珍しく、ほとんどの歌はどれかに当てはまります。

新古今和歌集には初句切れ・三句切れが多いのが特徴です。

ちなみに、新古今和歌集には他にも「夕暮」で終わる歌や三句切れの歌はたくさんあります。

枕草子でも「秋は夕暮れ」とされる通り秋の歌が多いのですが、夏の夕暮れの歌も入っていますので、気になる方は調べてみるのも面白いかと。

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