世の中には、科学や理屈で説明のつかないことがたびたび起こります。
「偶然」で片付けることもできますが、それにしてはタイミングが良すぎる……というもので、誰しも一生に一度は、大なり小なりそんな体験をするのではないでしょうか。
天禄六年(1693年)6月27日、宝井其角という俳人が雨乞いの歌を詠んだところ、まさに神がかりなことが起きました。
雨乞いなんていうとオカルトに感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、実例を見るとなかなかバカにできない気もしてきます。
それでは、この日の経緯をみていきましょう。
三囲神社で雨乞いのお祈りが行われていた
この1693年という年はひどい空梅雨で、農村部だけでなく江戸市中の町人も皆困っていたところでした。
そしてこの6月27日には三囲神社(現・東京都墨田区)で地元の人々が雨乞いのお祈りをしていたのです。
祭神は宇迦御魂之命(穀物の神様で稲荷神と同一)ですから、農民も多く来ていたでしょうね。
たまたま其角が通りかかると、人々は藁にもすがる思いで、雨乞いへの協力を頼みました。
彼は頭を丸めていたため、パッと見た感じがお坊さんだったのです。
僧侶にお経を挙げてもらって、雨乞いを手伝ってもらおうとしたんですね。
現代であれば服装でわかりますが、当時は皆和服ですから、区別がつかなかったのでしょう。無理もない話です。
其角はもちろん「いや、ワシただの俳人だからそんなん無理(´・ω・`)」(意訳)と断りましたが、人々は「それならそれでいいから、何か一句詠んで雨乞いを手伝ってくれ」と頼んだそうです。
「そんな無茶なヽ(;´Д`)ノ」
誰しも思うところですが、あまりに必死に頼まれて其角も断りきれなくなり、歌を詠むことにしました。

三囲神社の社殿/photo by Takayama Sora wikipediaより引用
松尾芭蕉の弟子だけに神様の眼鏡にかなったのでしょうか
其角はこんな風に詠みました。
「遊ふた地や 田を見めくりの 神ならは」
当て字にするとこうなりますね。
↓
「夕立や 田を三囲の 神ならは」
さすが詩人、お見事!
すると、です。何ということでしょう。見事に雨が降り出し、皆歓喜!
何だか話がデキ過ぎな気もしますが、ホントに神様が聞いてて「いい歌だからおk」って感じだったのかもしれません。
実際、其角は松尾芭蕉の弟子でした。
仮に神様がいるとすれば、そのお眼鏡に適ったというのもありえなくはないですし、人間が知覚できることだけが世界の全てとは限りませんからね。
※横山光輝のマンガ『三国志』で孔明が風を操るケースがあり、アレは本人が気候に精通していたという設定でしたが……。
ともかくこうした雨乞いの儀式が成功した例は、他にも国内外でちょいちょいあります。
日本では、飛鳥時代の皇極天皇の例が一番わかりやすいでしょうか。
当時も干ばつが起きており、お偉いさんである蘇我蝦夷が雨乞いをしたのですが、一向に効果が見込めませんでした。
そこで皇極天皇が儀式を行うと、たちまち雨が降りだしたといいます。
「蘇我氏が皇室から見てアレだったから、貶めるために作られた話」
と受け取れることもできますけれども。
逆に雨が1ヶ月降り止まず、ダム決壊で大災害
また、20世紀の前半にも雨乞いを成功させたという人物の話があります。
チャールズ・ハットフィールドという人で、アメリカの気象学者でした。
独自の方法で人工降雨に成功したといわれています。
しかし、1916年にサンディエゴの町の人々から頼まれてその方法で雨を降らせた際、1ヶ月以上降り止まず、3つのダムが決壊するという大災害になってしまいました。
裁判では「ただの自然災害だから君は悪くないよ」ということになったのですが、チャールズは深く責任を感じ、文字通り墓の中までその秘密を持って行ったのだそうです。
現在でも人工降雨法として使われているヨウ化銀を用いたのではないかともいわれています。
それでも飛行機を使わないと難しいですし、チャールズは地上から雨を降らせたといわれているので、その可能性は低そうです。
タイでは「ドラえもん」が神様に!?
また、非科学的ともいえる儀式が強く信じられている地域は今も存在します。
近年では、タイのとある村で雨乞いの儀式を行い、成功したとされる話がありますね。
その儀式、伝統では生きた黒猫に水をぶっかけ続けるんだそうですが、動物保護の観点から、そのときはなんと
「ドラえもん」
のぬいぐるみを使ったそうで。
それはそれで違う問題が起きそうな気がしますけれども……。
その後、ドラえもんは現地で神様扱い。
藤子・F・不二雄先生もさぞかしビックリしてるでしょうね。
長月 七紀・記
【参考】
宝井其角/wikipedia
雨乞い/wikipedia
三囲神社/wikipedia
ハフィントンポスト