徳川家斉/wikipediaより引用

江戸

子供を55人も作り「オットセイ将軍」と呼ばれた家斉! 精力の源は……

戦国時代や江戸時代のお殿様というと、一般的には

「家臣をよくまとめ、国力増強に励み」

という、マッチョな武士像を思い浮かべるかもしれません。

しかし、ときにはそれより重要なオシゴトがありました。

子作りです。

跡継ぎが出来ず、当主が早死にしてしまったら「改易(お家取り潰し)」すらあった江戸時代。

各国の大名は正室のほかに側室を置いたり、ときには養子を迎えたり、ともかく「子供を残すこと」はメチャメチャ重要な仕事でした。

たとえば徳川には御三家(紀伊藩・水戸藩・尾張藩)があり、持ち回りで将軍を輩出してきましたが、それでも血筋の断絶を危惧した八代将軍徳川吉宗御三卿(田安家・一橋家・清水家)を設置し、とにかく将軍家の血が継続することに腐心しております。

 

絶対に楽しんだだろ! いや、楽しみ過ぎだろ!

さほどに難儀だった当時の子作り。下手すりゃ家臣を路頭に迷わせてしまう((((;゚Д゚))))なんて考えながらの「夜の営み」は、至福の時ばかりでなかったでしょう。

しかし、この人だけは「絶対に楽しんだだろ! いや、楽しみ過ぎだろ!」という方がおります。

11代将軍・徳川家斉――。

実に、28男・27女と、合計55人もの子供を作った「オットセイ将軍」です。

徳川家斉~子どもを55人も作った11代将軍は目立たぬけれどキテレツな御仁

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オットセイとは、寒いところで過ごす動物のオットセイです。

一体、家斉さんはナゼ、そんなアダ名を付けられてしまったのか。

それを説明するには、まず勃起不全(ED)から触れておきたいと思います。

 

アザラシやオットセイのペニス、羊や牛の睾丸が……

医学的に、満足な勃起が得られないことを勃起不全(ED)といいます。

EDには大きく分けて2つの原因があり、1つは器質的なもの。神経や血管に障害がある場合などで、もう1つが心理的なものです。他の病気と比べてメンタル面も重要なため、プラセボ効果も大きく影響すると言えましょう。

そのため古来から、

刺激のあるもの(玉ねぎ、ニンニク)

珍しい果物(りんご、イチジク、ザクロ)

栄養価の高いもの(卵、チーズ)

などが精力剤として使われました。

同時に、精力の強いイメージの動物なども好んで飲まれ、

アザラシやオットセイのペニス

羊や牛の睾丸

などが強壮剤として用いられました。

ここまで来れば、もう皆まで言わずともお察しいただけましたね。

徳川家斉がオットセイ将軍と呼ばれたのは、そのペニスを強壮剤として服用し、実際に子供を作りまくったからなのでした。
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