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江戸時代

武家諸法度とは? 家康から慶喜まで引き継がれた江戸時代の武家法

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綱吉、全面改訂するってよ

四代・徳川家綱の時代にも寛文三年(1663年)、以下のような変更がありました。

条文をよりシンプルにし、

・武家と公家との婚姻は幕府に許可を得ること

・大船建造禁令に荷船は別

・キリシタン取り締まりの徹底

・不孝者は処罰すべきこと

などが追加されました。

後世の区分では、家綱の代から【文治政治】になったとされているので、世の中の変化も影響していることがうかがえますね。

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次に大きく変化を加えたのは、五代・徳川綱吉です。

本人の儒学奨励方針もあってか。綱吉は武家諸法度にも大きくメスを入れています。

なんと、天和三年(1683年)、ほぼすべての条項が改訂されたのです。

綱吉の将軍就任が延宝八年(1680年)ですから、わずか3年の間に修正を掛けたということになりますね。

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この時期は、綱吉治世の前半「天和の治」と称えられる時代でもあります。

内容については、第一条からして「文武忠孝を励し礼義を正すべき」としており、儒学の影響が濃い目。

末期養子の禁を緩和したり、殉死の禁も明文化しました。

また、この時点まで「大名は武家諸法度、徳川家の直臣については諸士法度で取り締まる」という区別がされていたのですが、これらを統一して「武士は全て、武家諸法度に従うこと」としています。

他にも条文を整理して数を減らしているので、全体的にスッキリさせた感があります。

 

白石主導でより実務的に

続く六代・徳川家宣は、宝永七年(1710年)に改正。

新井白石が関与しており、まず全文を和文体で統一しました。

実は、これ以前の武家諸法度は和漢混交文です。現代人からすると「どっちかにしてくれ」といいたくなるような状況。

内容としては、賄賂に関する戒めや、各地の百姓との争論について条文が追加されています。

これまで教訓という役割が強かった武家諸法度が、少し【実務寄り】になったといえましょうか。

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七代・徳川家継は幼少で亡くなっており、武家諸法度には手を付けていない……というか、つけられなかったというほうが正しいですかね。

そして八代・徳川吉宗です。

享保の改革】でお馴染みの吉宗は、享保二年(1717年)、家宣時代の武家諸法度を廃止し、綱吉時代のものに戻しました。

改革のイメージが強い吉宗にしては、意外かもしれませんね。

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さあらに、九代から十二代までの将軍は吉宗と同じく、綱吉時代のものを踏襲しています。

つまり、江戸時代後半になっても、綱吉の政策は悪くないと判断されていたことになります。

やっぱり、前半は良い将軍だったんですかねぇ。

 

さすがにそれどころじゃない!?

十三代・徳川家定もおおむねそのまま使いました。

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が、さる事情から、安政元年(1854年)に少し改訂を加えています。

事情とは他でもありません。

外国からの接触です。

海防強化の必要性から、それまで全面禁止だった大船建造について「幕府に届け出をすれば許可する」と変えました。

十四代・徳川家茂もこれを踏襲すると、十五代・徳川慶喜が将軍職に就いていた時期はあまりに短く、江戸城にもほとんどいなかったので、武家諸法度の改訂にまで手を付けませんでした。

慶喜の言動からすると「今さら幕府を保てるわけもないし、武家諸法度なんて後でいいわw」という感じだったのかもしれません。

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こんな感じで、武家諸法度は幕末まで一応残っていました。

実情はともかく、幕府の権威が失墜した後になっても、将軍や幕閣にとっての柱のような存在だったのでしょうね。

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長月 七紀・記

【参考】
国史大辞典「武家諸法度」
武家諸法度/wikipedia

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