真田信利/wikipediaより引用

江戸時代

石高メガ盛り真田信利~嫡流に固執して領民虐待の所業はゲスの極み!

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信利の領民虐待
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水牢に年貢未納の農民を立たせる、真冬に

信利の愚行・蛮行はこれだけに止まりません。

・沼田城に五層の大天守閣を作る(幕府をナメ過ぎ)

・江戸の藩邸も松代藩に負けじと絢爛豪華に!

・しかも酒好きの贅沢好き

・結果、領民は重税に苦しみ多数の餓死者が出る

自らが見栄を張って、贅を尽くし、領民には重税を課した末に、さらに信利が行った蛮行を物語る話があります。

「池廼(いけのや)薬師堂の水牢」です。

地面に6間(約11メートル)四方の穴を掘り、その中に木戸を建て60センチほどの水を張る――水で囲んだ牢なので、まんま水牢。

信利は、その水の中に年貢未納の農民妻子を4~5人ずつ縛って立たせたりしました。

しかも真冬にです。

投獄された家の者は家族を助けるため親戚を回って金子をかき集めたり、あるいは田畑を売って年貢を納めるなどしましたが、中には年貢が払えず命を落とす者もいたようで、付近には供養塔が建っています。

 

ご先祖様が必死で獲得した沼田をアッサリ

そんな信利にも、まさに年貢の納めどきがやって参ります。

延宝9年(1681年)、両国橋改修の用材調達に失敗した年、領民の怒りが爆発!

杉木茂左衛門という領民が幕府に直訴すると、沼田藩は材木の納期遅滞と治世不良で改易にされ、信利は山形藩奥平家預かりとなって7年後に死去しました。

かくして沼田藩の領地は幕府のものとなったわけです。

いやぁ、よかった……のでしょうか?

沼田という地は、大河ドラマでも丁寧に説明されておりましたように、真田や上杉、徳川、北条が激しく奪い合ってきた交通の要衝です。

その争いは【天正壬午の乱】と名付けられるほどで、先人たちが死ぬ想いで治めた土地を、よもやこんなカタチで喪うとは……。

天正壬午の乱で大国に囲まれ絶体絶命!真田は危機をどう乗り越えた?

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今回は、自分の見栄だけでなく、遊び呆けて農民を虐待したその悪行、許せぬ!ということで★5つとさせていただきました。

悪人度  ★★★★★
影響力(権力)★★★☆☆
大河ドラマぶち壊し度 ★★★★★

十六文銭

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イラスト・文/馬渕まり(忍者とメガネをこよなく愛する歴女医)

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戦国診察室表紙

【参考】
国史大辞典
中江克己『江戸三〇〇年 あの大名たちの顚末 (青春新書インテリジェンス)』(→amazon
『御家断絶―改易大名の末路 (別冊歴史読本 15)』(→amazon
真田信利/Wikipedia
WEB GUNMA(→link

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