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【徳川綱吉】
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武士の義よりも、理性的な判断
ここで当時の武士としての規範を考えてみましょう。
襲撃された吉良側の反撃はお粗末で、その不備は武士らしくない。
襲撃した側の赤穂浪士には、主君のために戦ったという忠義心はある。
もし綱吉が、武家の倫理を重視するのであれば、赤穂浪士を死罪としないこともできました。実際、そうすべきだという意見もありました。
そうなれば、彼らは刑に服した後、忠義の武士として世間から賞賛され、仕官が好条件でかなった可能性があります。
それこそが、浅野家再興がならなかった浪士たちにとって、最後の手段――ワンチャンスだったのでしょう。
しかし、あくまで文治主義者の綱吉は、暴力と流血を伴う武士の義よりも、理性的な判断を重んじました。
一方で、武士の義を称揚したい人々は浪士たちの行動を讃えました。
では、この事件をどう評価するか?
それは武士の義をどう思うかによって変わります。
忠義こそ最も素晴らしいと考える人にとって、綱吉の判定は憎むべきものであり、その怒りの矛先は綱吉にも向かいました。
そしてそのイメージは『忠臣蔵』というフィクションで、さらに増幅されていったのです。
四十七人の浪士が起こした血みどろの復讐劇に対して、共感できるかどうかは、受け手が武士道を理解しているかどうかが問題となります。
暴力的な手段と、主君への盲従を美徳と見なす。
そんな武士道の美学を理解するかどうか。
同時代人でも儒学者の佐藤直方にとっては、愚かな事件とみなされました。彼は武士道よりも、儒学が定義する人間の理性を信じていたのです。
光圀と綱吉
徳川綱吉の同時代人に、水戸光圀がいます。
フィクションでも人気者であり、若い頃は辻斬りをするような「武」の人。綱吉と対照的な評価をされています。
偽善的な綱吉の鼻っ面をひっぱたくような逸話が、光圀に残されています。
「生類憐れみの令」が出された際に、犬の毛皮をわざわざ贈ったというものです。
この逸話が真実であるかどうかは、判然としません。
ただ、この逸話が痛快なカウンターパンチとしてもてはやされたことは、当時の人々の心理を示していると言えます。
光圀を褒める一方、綱吉を貶す。
フィクションで大人気の光圀が同時代人として存在することも、綱吉評価にとってはマイナスでしょう。
皆さんご存知の通り、フィクションの『水戸黄門』が大人気であり、名君とされています。
ただし実際のところは、高い税率を課す等、庶民に対しては厳しい主君でした。
誤解された名君
柔弱で迷信深く、マザコン気味の暗君と評価させる徳川綱吉。
彼の名は、今でも嘲笑とともに口にされることが未だに多いようです。
当時、綱吉に接したドイツ人医師エンゲルベルト・ケンペルの綱吉評を見てみましょう。
「現在統治している将軍綱吉は……偉大で優れた君主である。
父親の美徳を受け継ぎ、法を厳格に遵守すると同時に臣下には慈悲深い。
幼少の頃より儒教の教えを叩き込まれ、国と人々を、相応しいやり方で支配する。
彼の下ではすべての人が完璧に仲良く暮らし、神々を敬い、法に服し、上に立つ者には従い、対等の者には丁重さと好意をもって接している」
ケンペルは、武士道や先入観とは無縁です。母親が八百屋の娘である綱吉を「劣り腹」とは思いませんでした。
『忠臣蔵』や水戸光圀が主役の物語や、後世おもしろおかしく脚色された綱吉の伝説とも、無縁。偏見のない同時代人として、綱吉を評価しております。
このケンペルの綱吉評を、軽視することはできないでしょう。
★
生命倫理を重視した江戸の将軍として、綱吉は再評価されるべき存在です。
彼が統治する以前、日本人は旅人が病気に倒れると、家の外に放り出すことが当たり前でした。
道には動物の死体も、人間の死体も、ゴロゴロと転がっていました。
そんな日本の光景を変え、日本人の心から戦国以来の殺伐とした部分をとりのぞいたのは、徳川綱吉です。
この一事をもっても、綱吉は慈悲深い名君と言えるのではないでしょうか。
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文:小檜山青
【参考文献】
ベアトリス・M・ボダルド=ベイリー『犬将軍―綱吉は名君か暴君か』(→amazon)