明治・大正・昭和時代

中国の線路幅が国際標準軌になったワケ

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ゲージ(gauge)という言葉を耳にしたことはありますか?いわば、線路の幅のことです。

日本の在来線の標準は1067mmですが、新幹線はこれよりも広く、1435mmです。

この新幹線の線路幅は、国際標準軌と同じでイギリス発祥の世界標準なのですが、中国の鉄道もこの国際標準軌を採用しています。

前回、朝鮮半島の線路幅が新幹線と同じ国際標準軌になったワケは紹介しましたが、実は、中国が国際標準軌を採用するに至った背景にも、日本の政策が大きく影響していたのでした。

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朝鮮半島の線路幅が新幹線と同じ国際標準軌になったワケ

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日露戦争勃発 戦場への道は広いほうがいい

今から110年前の1904年2月8日、日本とロシアとの間で戦端が開かれます。

時を同じくして、日本陸軍は、戦場の輸送手段となる鉄道の敷設と運用とを掌理する「野戦鉄道提理部」を発足させます。

この部署は、朝鮮半島から中国東北部に至る軍事輸送のための鉄道を、日本の国内標準ではなく、イギリスと同じ国際標準軌で敷設することにしました。

その理由は、線路幅が広い方が、高速で大容量の列車を走らせることができること、また、どのみち日本と中国とは陸続きではないので、新たに鉄道車両を作るにしても、日本の線路幅にこだわる必要がなかったこと、そして、同盟国イギリスの鉄道幅と同じであれば、イギリスの援助が受けやすいと思ったという三つの思惑があったようです。

 

ロシアの軌道はもっと広かった

戦争は日本の勝利に終わり、1905年のポーツマス条約で、日本は、ロシアが敷設した東清鉄道の南半分を譲り受けることになりました。

実は、ロシアの鉄道の幅は、国際標準軌よりも広く、1520mmあります。日本は、ロシアから譲り受けた鉄道を民営とし、翌1906年に、南満洲鉄道株式会社(満鉄)を発足させました。このとき、満鉄は、そのロシアから譲り受けた鉄道を、野戦鉄道提理部が敷設したのと同じ国際標準軌に敷き直したのでした。

当時、中国では、世界各国の鉄道利権が勝手に鉄道を敷いていて、日本のように、統一した鉄道の管理機構がありませんでした。

こうした鉄道利権のうち、最も距離が長く、かつ、その技術が優れていたのは、イギリスとロシアだったのですが、ロシアが日本に敗れ、その鉄道利権の半分が日本に譲渡されたことで、中国の鉄道の幅は、イギリス由来の国際標準軌に統一されていくことになります。

日本は引き続き、国際標準軌での鉄道の敷設を続けます。1935年に、ソ連(1917年の革命により成立)が中国に敷設していた鉄道利権をすべて日本に売却した結果、日本が中国で支配する鉄道の総延長は、当時の中国の鉄道の総延長約4万キロの約半分に当たる2万キロに達しました。こうして、中国の鉄道の線路幅は、国際標準軌で統一されることになったのでした。

ちなみに、前回紹介したように日本が領有した朝鮮半島の鉄道も、日露戦争の際に国際標準軌で敷設されたため、現在も国際標準軌ですが、台湾と南樺太は、現在も日本と同じ1067mmを採用しています。

みはぎのまりお・記

 



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