ゴールデンカムイ13巻

明治・大正・昭和時代

第七師団はなぜゴールデンカムイで敵役なのか?屯田兵時代から続く過酷な環境

主人公の杉元佐一以下、敵として第七師団を認識している。
それが『ゴールデンカムイ』です。

読んでいくうちに当然という認識になるものですが、これがちょっと不思議なところがあるのです。

主人公名・杉元佐一は、作者である野田サトル先生の曽祖父から取られています。

しかし、彼は第七師団
漫画の杉元は、元第一師団です。

なぜ、野田先生は自分の先祖の所属した師団を、悪役にしたのでしょうか。

北海道が舞台だから?
それはあるでしょう。

アイヌの土地収奪が背後にあるから?
それも、重要です。

しかし何よりも「第七師団独自の歴史がいろいろと関係している」のではないでしょうか。

ということで第七師団特有の、辛い境遇をちょっと見ていきましょう。

※鶴見中尉以下、大暴れだよッ!

 

第七師団のルーツは「賊軍」であり「屯田兵」

第七師団、別名「北鎮部隊」。
華々しいようで、そのスタートは混乱続きでした。

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『ゴールデンカムイ』作中において、第七師団所属である人物も同様。

負け組子孫と推察される人物が多いものです。

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聡明かつ勇猛。
それでありながら、あの年齢でありながら、中尉程度でくすぶっている鶴見。

藩閥政治が影響する明治時代なれば、出自ゆえに出世が止まっていてもおかしくないのかもしれません。
性格に大問題があることは、この際横に置いておきましょう。

 

「武士の誇り」が悪用される

この北海道への移住も、なかなかいい加減なものです。

武力倒幕や戊辰戦争によるメリットや必要性が疑問視されていたのは当時からのこと。

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薩摩藩は恩義ある赤松小三郎を謀殺してまで、そこに踏み込みました。

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そうまでする理由として、考えられる動機はあります。

【徹底的に反抗勢力の芽を潰しておく】

実際、そうとしか思えないほど、戊辰戦争で戦地は荒れ果てました。

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その総仕上げが、屯田兵です。

武士の心理につけ込むような、えげつない追い詰め方が実行されました。

代表例が、東北随一の大藩であり、「奥羽越列藩同盟」の主導者であった仙台藩。
支藩に至るまで、次々に移住が決定していきます。

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その中で、たとえば「伊達市」は、元の藩名を残すほど、多大な貢献をしております。
大名夫人まで開拓に励んだ話は有名です。

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まぁ、そうやって振り返ることができるのも、成功あってのものですよね。

当時は移住がそんな簡単なワケもなく、どうなるのか明日は見えない状況。
そもそも蝦夷地とは、どんな場所なのか。

幕末混乱が収束に向かっていたからといって、そこまで把握できていた状況ではありません。
そんなところで田畑を耕しながら兵士をやるというのですから、無謀にもほどが在りました。しかし……。

 

こんな開拓の始まり方でよいものだろうか?

開拓を成し遂げてこそ、御家の名誉を回復できる!

そう信じ、船に揺られる開拓者たち。

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あの咸臨丸も、こうした人々を運んだものです。

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こう書くと、遠大な計画に思えますが、実はものすごくいい加減なものでした。

以下、理由を列挙して参りましょう。

◆北海道の知識がない!

松浦武四郎をはじめとして、蝦夷地探検家がいたものの、彼らよりも明治新政府のパワーバランス重視人事が行われてしまいました。
当時最も知識のあった松浦は、嫌気がさして即座に退官するという恐ろしさです。

◆パワーゲームが酷い!

松浦の退職理由でもあります。
佐賀と長州が藩閥政治で火花を散らし、開拓にまで悪影響を与えるというグダグダぶりでした。

◆根性論頼りだった!

そんな酷い状況の中、ともかく武士の忠義心だけに期待して移住したものですから、当然のことながら失敗する者も多いわけでして。
失敗例を聴くと、尻込みする者も出てきます。
そういう人を理詰めで説得するのではなく、「それでも武士か!」と叱咤激励するパターンが定着しました。

◆そもそも農業に向いていたの?

北海道は火山が多い。
アイヌの伝承にも、噴火や火砕流のことが伝わっていました。
彼らが狩猟に生きてきた理由も、このあたりにあったのかもしれません。
場所によりますが、農業に適していない土壌も多かったのです。

◆未知の大地は恐ろしかった

想像を絶する寒さ――それだけではありません。
ヒグマ、バッタ(蝗害)、干ばつ……未経験の惨劇が次から次へと襲いかかります。

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いくらなんでも、明治政府がえげつなさすぎると思いませんか?

そんな屯田兵を助けたのが、アイヌの知恵です。
アサリを入れた食事でもてなし、寒さを防ぐ住宅の工夫を教えてくれました。

和人がアイヌに恩恵を施したという認識がありますが、それは誤解です。

多くの屯田兵が、和人が、いかにアイヌの知恵で救われたことか。
そのことを思い出しましょう。

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※アイヌの知恵が和人を救ったのだ!

開拓だけでも大変なのに。
生きていくだけでも辛いのに。

彼らにはやることがありました。

彼らは「屯田兵」。
つまり、開拓をしながら軍事訓練をしていたのです。

 

辛いのは開拓だけではなかった……

開拓だけでも、辛いものがあります。
その上、事訓練までしなければならない。

留守を守る女性たちが、農作業に尽力することになるのも、こうした理由ゆえ。
訓練が、非常に辛いものでした。

訓練地は、森林を切り開いた場所になりがちです。

夏季は、アブ、蜂、蚊……と、虫にブンブンとたかられ、それを追い払うこともままならずに訓練です。
冬季は、冬用の分厚い装備。一年中辛いものでした。

問題は訓練だけではありません。
あくまで兵隊ということで、二十四時間プライバシーを監視されるような状況にあります。

ちょっとした休暇でも、結婚でも、いちいち許可を得なければなりません。
鍋のような日用品すら、官給品として検査を受けるのです。
私生活の禁止・束縛事項が多いものでした。

家族の支えだって、厳しいものがあります。
男女共に死別したら、なるべく早く再婚しなければなりません。生きていくためには、それしかないのです。
恋愛感情が芽生える余裕すらないようなものです。

厳しい開拓生活で、流産、死産、乳幼児の死亡も多いものでした。
医療機関すら、北海道は後回しだったのです。

東京が、やれ「文明開化」が「鹿鳴館」だと浮かれる頃、北海道では屯田兵とその家族が生き抜くために奮闘をしていたのでした。

 

日露戦争の第七師団将兵たち

ここは第七師団の戦果よりも、アイヌや屯田兵二世で構成されていた、彼らの事情を足元から見ていきたいと思います。

第七師団は、日露戦争でも特別な存在です。
彼らの親である屯田兵たちは、ロシアの南下脅威に備えて訓練をしておりました。

※彼らもこの戦場にいた……

第七師団にとって初の戦争――日露戦争。

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10年前に行われた日清戦争は新設されたばかりで、間に合っておりません。

こうなると負けられないと張り切っていたのか?
と思いたいところですが、それだけではない特殊な面がありました。

屯田兵二世以降の世代。
彼らは他の師団よりも厳しい状況にさらされておりました。
男手が不足する中、まだ終わらぬ開拓に挑む留守家族の負担は厳しいものがあります。

本州の他の地域ならば、親族知人を頼れるかもしれません。

しかし、屯田兵は人間関係をリセットするようにして来た者もおります。
頼れる人がないまま、夫や息子が出征してしまう。非情なまでの厳しさがあったのです。

そんな第七師団の兵士たちは、全国的に見ても死傷者が多くなる傾向も見られます。
開拓の道筋がついていたのに、働き盛りの男が消えてしまった……そんな絶望感が漂う村が、北海道にはありました。

やっと戻って来た兵士にせよ、負傷により農作業ができなくなっていたこともあります。
開拓に励む人にとって、それがいかに過酷であったことか。

戦争は、第七師団を深く傷つけました。

 

第七師団のアイヌ兵たち

第七師団には、キロランケのようなアイヌの兵士もおりました。

※キロランケも苦労したことでしょう

勇敢さを示すため。
これだからアイヌは駄目だと見下されないために、彼らは戦いぬいたのです。

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受勲者もいたものの、個人の栄誉にとどまり、奮闘は彼らの権利向上にはつながりません。

幼い子供を残し、戦死した夫の報告を聞いて、泣き崩れたアイヌ女性の目撃談もあります。
戸口に立って泣き叫ぶ彼女を見て、近所の人も、兵士たちも、もらい泣きしてしまったのだとか。

アイヌの帰還兵たちが、村長を頼りにしてくることもあったと言います。

彼らは金がなかったのです。
それはなぜでしょうか?

捕虜になっていたからです。
その旅費は、軍隊からは支給されませんでした。身一つでどうにかコタンにたどり着き、金策をする他なかったのでした。

捕虜だからなのか。
彼らがアイヌだからなのか。
あまりに酷い仕打ちです。

敵だけではなく、差別や偏見とも、アイヌの兵士は戦っていたのでした。

 

鶴見と愉快な仲間たちは、それでいいのか!

こうした他の師団にはない特徴を振り返って来て、私なりの結論に達しました。

【鶴見中尉は極悪非道、許されない】

まったくもって鶴見のしていることは酷いの一言。
鶴見の陰謀によって連れ回され、犠牲にすらなっていく――そんな第七師団の兵士には、故郷で待つ妻や母がいるのかもしれません。

日露戦争が終わったのに、あの人はいつ帰ってくるのか。
そう思いながら、畑を耕す……って、気の毒すぎるでしょう!

鶴見はさっさと彼らを故郷に戻らせるべきです。
あいつのしていることは、許されないことですよ!

※面白いけど許されんぞぉ!

そしてそんな鶴見が好きすぎて気持ち悪い人物、鯉登少尉。
彼がおかしな存在であることも、歴史的経緯を考察すると見えてきます。

・戊辰戦争負け組が多い中で、薩摩という勝ち組ど真ん中
・開拓や屯田兵のゴタゴタにも、当然薩摩は関与している
・開拓なんて知らない苦労知らず
・日露戦争の経験もない
・第七師団からすれば、存在そのものが不愉快といってもいいかも

そんな浮いている彼を救ったのが、鶴見かもしれません。
しかし、鶴見は花沢幸次郎を謀殺し、鯉登をまんまと騙しているわけでして。

歴史的経緯からみても、鯉登はあからさまにおかしい、浮いている。
変な存在だということは、今後の展開に影響を与えるのかもしれません。

 

第七師団はなぜ悪役なのか?

ここで最初の疑問に戻りましょう。

第七師団は、なぜ敵なのか?
本拠地である軍都・旭川が、アイヌの収奪の上で成立していることも考えられます。

アシリパと杉元からすれば、敵で当然と言えるのです。

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そして、もう一つ。
鶴見のしていることは極悪非道ではありますが、その動機の根底には第七師団が受けてきた仕打ちへの反発があります。

鶴見は悪い。
しかし、鶴見が告発しているからこそ、北海道の歴史と第七師団の持つ暗いものが見えてくるのです。

そこを暴く鶴見という人物は、『ゴールデンカムイ』もう一人の主人公とも言えるのでしょう。

文:小檜山青

【参考文献】
『遥かなる屯田兵 もう一つの北海道民衆史』(→amazon
『北海道に渡った仙台藩士たち』(→amazon
『いま学ぶ アイヌ民族の歴史』(→amazon

 



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