メルク修道院図書館/wikipediaより引用

明治・大正・昭和時代

人類の叡知を繋ぐ図書館の歴史~日本の日比谷図書館は戦時中に疎開していた?

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何となく居心地のいい場所ってありません?
特定の建物だったり施設だったり、初めて行った場所なのに何故か落ち着く観光地だったり。
本日は「落ち着く場所」として候補に挙げる人が多そうな、あの建物のお話です。

明治四十一年(1908年)11月16日、東京市立日比谷図書館の開館式が実施されました。
現在の千代田区立日比谷図書文化館です。

初代日比谷図書館(1908年・三橋四郎設計)/wikipediaより引用

なんだか違和感のある表記ですが、当時の東京は「市」だったので間違いではありません。
2009年から都立から千代田区立に移管し、11年に文化館として開館しています。

ここは西洋化の一環として建てられた施設で、当初から洋式建築で建てることになっていました。

一部は木造だったため、関東大震災で一部破損。
その後、日中戦争等による鉄材不足のため、ろくに修復はできなかったようですが、それでも12万5,000冊もの蔵書数は大いに市民を惹きつけ、引き続き愛されていました。

第二次世界大戦時に閉館が決定されたときには市民からの反対で取りやめになり、さらに応急処置だけは許可が出たほどです。

戦時中って何もかもお上の言うことに従わないとダメだったってイメージが強いですが、こういうところで市民の意見を聞いてくれることもあったんですね。

 

40万冊の蔵書を空襲から守れ!疎開大作戦

しかしそれも昭和二十年(1945年)までのこと。
東京への空襲が頻度と激しさを増すようになり、都心部のこの場所も被害を免れることはできませんでした。

日比谷図書館だけでも約21万冊が焼失したといわれており、他の図書館や大学の資料室などを含めたとしたら、どれだけの本が失われたことか見当もつきません。

不幸中の幸いは、当時の館長が図書の疎開に積極的だったこと。

ついでと言っては語弊がありますけども、平行して都心部の知識人などが持っていた貴重な本の保護も行っており、図書館のものと合わせて40万冊程度が空襲を免れたそうです。
本の避難先は郊外にあった民間企業の倉庫や寺院の土蔵などだったとか。

こうして疎開された本は、戦後図書館復興の際大いに役立つことになりました。

日比谷図書館そのものは戦後の昭和三十二年(1957年)に再建され、それ以降は再び市民に親しまれ、現在まで続いています。

日比谷図書文化館(元日比谷図書館)/photo by Kakidai wikipediaより引用

 

江戸時代には図書館ではなく貸本屋

ちなみに、日本には明治時代まで一般向けの「図書館」というものがありませんでした。

その代わり?江戸時代には「貸本屋」という現代のレンタルショップのようなものがあり、レンタル料金を払って本を読んでおりました。
活版印刷の技術はあったものの、現代ほどの大量印刷はできませんから、本は高級品。
庶民が新刊をホイホイ買うことはできなかったのです。

新古今和歌集(1654年写本)/国立国会図書館蔵

しかし、一度買えば何度でも読めること、本を読みたいと思っている人がたくさんいたこと、そして何より江戸時代の識字率の高さが貸本屋と言う職業を成り立たせました。

最初に始めた人ホント頭いいな。
火事の多かった江戸では運が悪いとハイリスクハイリターンだったでしょうけども。

”南総里見八犬伝”など江戸時代の小説で有名なものはたくさんありますが、自分で買って読んだ人よりも、貸本屋から借りて読んだ人のほうが圧倒的に多かったでしょうね。

各種学校やお偉いさんが本を保管していた「文庫」や「書庫」は存在していたので、こちらは現在も「○○文庫」として残っていたり、大学等の施設に組み込まれたりして残っているところがあります。

文学好きにはお馴染み?の電子図書館「青空文庫」もここから名付けられたものです。

 

元祖図書館はメソポタミア文明

世界史的に見ると、元祖図書館と言うべきものは紀元前7世紀あたりにできていました。

四大文明の一つ・メソポタミア文明のアッシュールバニパルという舌を噛みそうな名前の王様が作らせたもので、古代史研究の分野では非常に重要です。

教科書に載ってませんが、実は彼自身もその他の面で重要な人だったりします。

当時は紙がまだ存在していなかったので、ここの蔵書は粘土板による記録が主でした。
乾燥地域ならではの記録媒体ですね。

その次に出てくる有名な図書館といえば、やはりアレクサンドリアの大図書館でしょうか。
アレクサンドロス大王の後継者の一人であるプトレマイオスが建てさせたものです。

アレクサンドリア図書館/wikipediaより引用

この頃にはエジプト史でお馴染み?のパピルスという紙ができていましたので、少しずつ図書館らしい感じになっていきます。
本を綴じる方法がまだなかったため、現代で一般的にイメージするような書物ではなく、巻物ではありましたが。

また余談ですけども、アレクサンドリアには現在「新アレクサンドリア図書館」というまんまな施設が2001年にオープンしました。

蔵書数800万冊を目指して現在爆走中という目標の高さもさることながら、建物自体のデザインがすげえかっちょいいです。
世界各国の文字が外壁に刻まれていて、いかにも”知識の集合体”みたいな感じがします。

建てた場所も古代の大図書館があったとされるところだとか。
いいですねこの胸アツ展開。

ツイッターなどで【世界の美しい図書館】まとめをよく見ますが、日本の図書館ももうちょっとデザイン性を追求してくれないかなぁ(TOP画像は美しさで有名なメルク修道院図書館/wikipediaより引用)。

できれば日本家屋調であるとか、和紙や畳を使ったいかにも”日本”を感じさせる雰囲気で作って欲しいものです。
まぁ、それだと一日中くつろいでしまう人が続出しそうですが……。

長月 七紀・記

【参考】
日比谷図書文化館
日比谷図書文化館/wikipedia
図書館/wikipedia
公共図書館/wikipedia

 



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