伊黒小芭内(鬼滅の刃・蛇柱)

『鬼滅の刃』19巻/amazonより引用

この歴史漫画が熱い! 明治・大正・昭和

伊黒小芭内(鬼滅の刃・蛇柱)の蛇は嫌われ者? 歴史的には純愛の象徴だ

「あなたは蛇のようだ」

もしもそんな風に言われたらどう思われます?

ネチネチしてるって意味なのか。

それとも陰険だと言いたいの?

執念深いってのもあるし。

なんだか「気持ち悪い!」とも言われているようだ……。

普通は、そんなマイナスイメージに腹が立ってしまいますよね。

実際、過去の物語に登場する「蛇」は忌まわしき存在だったこともあり、『鬼滅の刃』における蛇の柱・伊黒小芭内(いぐろおばない)についても、パッと見はネガティブイメージを与えそうな造形になっています。

しかし……。

蛇は単に負の存在とも言い切れません。

過去の物語において、忌み嫌われて終わるどころか、ある時期を境に「純愛」のシンボルへと姿を変えていった歴史があるのです。

蛇が純愛とは一体どういうことなのか?

伊黒小芭内を考察しながら、その推移を見て参りましょう。

『鬼滅の刃』19巻(→amazon

※文中の記事リンクは文末にもございます

 

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蛇の邪淫

蛇は邪で淫らである――そんな伝統的なイメージもあります。

東洋伝統のもので、ちょっと長くなりますが重要なのでおつきあいください。

人ではない何かが人間の世界にやってきて、おそろしく、興味深いことが起こる。そんな話は古代から伝えられてきました。

中国の唐代ともなるとかなり発展し、小説として流通するようになり日本にも伝わります。

人間が虎になる説話を元にした中島敦『山月記』が有名で、教科書にも採用されました。

日本でも、こうした世界観が共有されていたのです。

そんな話に定番の題材がありました。

幽霊、狐、そして蛇。人間でない何かが、美女の姿で誘惑してくる――。

【異類婚姻譚】という類型です。

はじめのうちは、いかに魅惑的な美女であろうと、妖しいものに誘惑されてはならないという教訓ですね。

狐の場合は、安倍晴明の伝説のようにプラスイメージもありますが、ともかく蛇は圧倒的によろしくない。

淫らで、しつこくて、恨みがましくて、叶わないくらいならば殺しにやってくる。そんなストーカーめいた姿が、恋する蛇にはありました。

有名なものが道成寺に伝わる「安珍・清姫伝説」です。

美貌の僧侶を慕うあまり、梵鐘ごと相手を焼き殺す。そんな女の情念はおそろしく、おぞましい。蛇のような女に心を乱されてはならない。そう戒める意味合いもあるのでしょう。

◆『安珍と清姫の物語』道成寺の物語(→link

※「娘道成寺」は、この物語を題材としています

 

伊黒一族は、まさしく淫らで危険な蛇女たちでした。

一族の女たちは子を産み、鬼に捧げ続けます。男を誘惑し、子を作るように仕向け、金品を奪い生き続けてきたのです。

子を作るための男たちと、一族の女の間に純愛はない。一族の女たちは、利益を得るためだけに魅了してきました。

淫らで危険な蛇女たちは、伝統的な造形です。

そんな邪悪極まりない蛇も、ある要素さえあれば変貌します。

それが純愛です。

舞踏の題材となり、実らぬ定めの悲しい恋としてみれば、実に心を動かされる。

果たして蛇の化身とは、悪いだけの存在なのか?

そんな思いが、蛇の物語を変えてゆくのです。

 

蛇の純愛

蛇のような女は、邪で淫らである――。

そう警鐘を鳴らす意味合いもあった説話は、時代が下るにつれ、変貌してゆきます。

蛇とはいえ、あの女はあんなにも恋している。邪悪どころか、あの純粋な愛は本物ではないだろうか?

蛇だろうと、人でなかろうと、あんな純愛を悪いものと決めつけてよいものだろうか?

蛇の愛を応援しようではないか!

時代が下ると、作家は危険性よりも純愛に着目し、魅力的な蛇を描くようになってゆきます。

唐代伝奇では男を誘惑した挙句、溶かして殺してしまう蛇の精も、時代がくだると、

「白娘子(はくじょうし)」
「白娘々(パイニャンニャン)」

など“白のお嬢さん”と親しみをこめて呼ばれるようになります。

話の見どころも、調伏しようとしてくる法海和尚との戦い、そして引き裂かれる純愛へ。

中国において白娘子は、代表的なヒロインになりました。

すっかり愛される存在となった蛇の精は、伝統的な京劇の花形となりました。今でもドラマ、映画、アニメで蘇り続けます。

 

日本にも、白娘子は伝わります。

その代表例が『雨月物語』「蛇性の婬(いん)」です。

17世紀に成立した『警世通言』「白娘子永鎮雷峰塔」を元に、道成寺の伝説を加えた中篇であり、炭治郎たちが生きた時代(1921年・大正10年)には、サイレント長篇劇映画として公開されています。

原典である蛇の美女・白娘子は、日本のエンタメ史においても姿を見せます。

1956年(昭和31年)には、日本の東宝と香港のショウ・ブラザーズ共同制作映画『白夫人の妖恋』が、そして2年後の1958年(昭和33年)には日本初となるカラー長編漫画映画(アニメーション映画)として、『白蛇伝』が公開されたのです。

このアニメ映画は宮崎駿の心をつかみ、日本アニメの歴史に残る作品となりました。

2020年公開劇場版『鬼滅の刃』は歴史に残る快挙を成し遂げましたが、その大先輩にあたる作品が『白蛇伝』ということになるわけですね。

こうした映画の大筋は原典通りですが、日本版には特徴があります。

中国では、法海和尚によって、雷峰塔の下に白娘子は封じられてしまいます。その塔が倒れるまで、白娘子はふたたび姿を見せることはないのです。ちなみに雷峰塔は1924年に倒壊後、2002年に改築版が完成しています。

魯迅はこのことを嘆きました。法海の余計なお世話を止めて、どうかこの蛇の恋を実らせることはできなかったのか?

その嘆きが日本映画では解消されます。

日本の映画版では、雷峰塔は出てきません。経緯は異なるものの白娘子は封じられることなく、愛する許仙と結ばれるのです。

淫乱な蛇には気をつけろ!

そんな戒めから始まった蛇の恋は、ハッピーエンドを迎え、日本の映画とアニメの歴史にも残るものとなったのです。

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