竈門炭治郎

『鬼滅の刃』23巻/amazonより引用

この歴史漫画が熱い! 明治・大正・昭和

竈門炭治郎(鬼滅の刃)は日本の劉備だ! 徳とお人好しが社会に必要な理由

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情けは人の為ならず――【徳】という生存戦略

炭治郎のセリフに、こんなものがあります。

「人のためにすることは 結局巡り巡って自分のためにもなっているものだし」

炭治郎につていは「いい子すぎる」という評価もありますが、彼は「自分の善意が返ってくる」という信念の持ち主だとわかります。

その性格は、後天性か、先天性か?

かつて人間の性格は、後天性の要素が強いと考えられておりました。

ただ、どうにもそれだけでない。空っぽの状態からソフトウェアをインストールするように教育することができるわけでもない。

先天性の部分はあるんだろう――という結論に落ち着きつつあります。

まぁ、両方ですね。

そこを踏まえて、炭治郎の性格、とんでもねぇところは【先天性】要素もあるとしましょう。

実際、劇中でも、それとわかる描写があります。

先祖の炭吉です。

彼は【日の呼吸】の使い手である継国縁壱に窮地を救われています。

炭吉はただの炭焼きのようで、実は際立った特徴があり「極端なお人好し」でした。

人助けをして、お礼はいらないと言い続ける。そんな彼に感激し、お礼をするために大工が集まり、家を建てていく。

妻のやすこと山で母子を救ったら、大名の妻と嫡男であった。

親切心が彼らの名声を高め、結果的に良い暮らしができるようになりました。

そしてついに継国縁壱と助けあい、友となったために【日の呼吸】と耳飾りを受け継ぐこととなったのです。

炭治郎も、近所の人々を助けていたことが語られます。

街で障子の張り替えを手伝っている。荷物を運ぶ人を手伝っている。嗅覚で問題解決の手伝いをしている。そんな彼だからこそ、留守中の家の手入れをご近所さんがしてくれたのです。

この、時を隔てて血筋が繋がっている炭吉と炭治郎には「人を助ける性質が遺伝している」とわかります。

炭治郎の前世が炭吉であるとか。炭吉の妻・すやこと継国縁壱が密通していて、炭治郎はその先祖だからこそ【日の呼吸】が伝わったとか。

そういうことではなく、炭治郎の一族には人助けをする親切心が受け継がれていて、それが先天性であるということが重要ではないでしょうか。

情けは人の為ならず――人に親切にすると、そのことがまわりに回って自分を救ってくれる――というのは、単なる綺麗事でお花畑なのか?

そういうことでもないのでしょう。

人は社会を作り、共同生活を送っています。そんな中で極端な親切心があり「あの人は信頼できる」ということになれば、その評価が巡り巡って、結果的に生存率が高くなるのは十分ありえます。

極端な親切心を持つ遺伝子が、適切な生存戦略を持っているんですね。

最終盤、炭治郎が窮地に陥ったとき、彼の親切心に救われてきた仲間たちは命がけで彼を救おうとします。

綺麗事?
少年漫画のお約束?

確かにそう片付けることはできましょう。

しかし、親切心という生存戦略が機能したと考えられるのではないでしょうか。

例えば、伊之助や義勇のように、社会生活を送る上で何かしら問題が生じるのであれば、研究対象とみなされますが、炭治郎のように極端な善良性は研究が遅れがちで未解明の部分が多いものです。

これに対し昨今、データを収集する取り組みが始まっていて、炭治郎タイプの人が、その周囲も含めて生存確率が上げることが推定されています。

一言でいえば「生き残る」んですね。

 

チーム全体を底上げする、ズレた【徳】は宝である

炭治郎のお人好しぶりは、作中で「ズレてる」と指摘されています。

善逸がそのズレに困惑する代表枠です。

炭治郎は家族思いでいい子! きっとマンガを読んでいる少年たちも好きになり、だからこそヒットしている……そう丸めている記事もありますが、私としてはどうかと思ってしまいます。

冷静に考えてみましょう。

彼が周囲にいて、友達になりたいかどうか?

実際のところ、その反応は賛否両論だと感じます。

『鬼滅の刃』アンチレビューには、要約すれば「主役がウザい!」というものが多い。具体的にザッと挙げますと……。

炭治郎は陽の【コミュ障】

いい奴だけど友達にはなりたくない

透き通った目で正論を言ってくるところが残酷では

相手の地雷を踏んでいく

押し付けがましい

空気を読んでない!

【陰のコミュ障】と言われる冨岡義勇に対し、ストーカーのようなアプローチ、ざるそば早食い勝負のあたりは強引でした。あの義勇ですら困惑しきっていたほどです。

ここまで特異な性格は、ごく低確率でしか発現しない個性だと考えた方がよいでしょう。

炭治郎はかなり少数派かつ、未解明の人物なのです。

ただし前述の通り、古典文学や宗教ではこうした人物が称賛されてきました。

人間社会に稀にいる、キラキラした正論を持つズレたタイプとでも言いましょうか。

彼らは称賛される存在なのです。

人間社会は弱肉強食だけでは成立しない――炭治郎という人物像は、そんな真理も伝えている。

周囲から救われることは、悪いことではない。情けないことでもない。それも個性であり、才能であり、生存戦略なのです。

彼は古典的な【徳】のある英雄として、そのことを教えてくれます。

その才能は、誰かの心を開くこともそうです。心こそ原動力だと繰り返し示される本作においては何度も証明されてきました。

ズレているからこそ、別のズレた相手と交流できるんですね。

自分に才能がない、弱いと劣等感を抱く善逸を「強い!」とキッパリ言い切った。

普通のコミュニケーションができそうにない伊之助を否定せず、その優しさでホワホワさせた。

この二人は「個性的で人気!」とされてはいるものの、現実社会にいたら問題児扱いされて、いじめや無視のターゲットにされかねません。

そんな彼らに偏見抜きにしてつきあえる炭治郎って、実はとんでもねぇ奴なんですよ。

しかも炭治郎は「心を極端に閉ざした相手」に対してこそ、真の力を発揮します。

カナヲの心を開くためならば、何度でもコイントスをすると断言するし、義勇が不安になるほどつきまとい、彼の語られなかった過去についても聞きとった。

カナヲと義勇は性別が異なり、その閉ざし方にも違いがありますが、似ている気質です。作中でも、心を閉ざしきっていました。

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炭治郎がいなければ、かれらは心を閉ざしたまま生き、可能性を発揮できなかったかもしれません。

暑苦しいほどしつこいアプローチによって、二人は救われたのです。

チームの力を引き出す――なんて言うと空々しい言葉に聞こえるかもしれませんが、それこそが紛れもなく炭治郎の才能の一つでしょう。

三国志演義』の劉備が、草庵で世捨て人のように生きる諸葛亮を三度訪れ、世にでるきっかけを作ったのも同じことですね。

ヒトという種が生存するためには、集団内に【徳】の高い個体がいる方が効率的である。

炭治郎には、そんな遺伝子が残されていて、個性につながっている。

こうした先天性の要素がまずあって、後天性の要素として鬼殺隊への加入があります。

鬼の襲撃という宿命がなければ、炭治郎はズレた【徳】を発揮し、ご近所の頼まれごとをこなし、地域住民の心を癒やす変わり者の好人物として生涯を終えたことでしょう。

 

炭治郎を真似できるかというと、実はそうでもない

炭治郎は、性格がズレているのみならず、割と無茶苦茶な根性論を振り回しています。

ハッキリ言いますと、彼の真似は危険。

まぁ、真似できる子どもだってそうそういないとは思いますが。

マンガはじめフィクションの悪影響は議論されますが、ここで考えたい点があります。

【再現の難易度】です。

『ワンピース』を読んで海賊になる読者はいない。これは当たり前でしょう。船の確保が容易ではありません。

では『ハレンチ学園』以来、問題視されてきたスカートめくりはどうか?

この場合、スカートを履いていて、抵抗しない誰かが目の前にいれば簡単に真似できてしまい、実際、1970年代には社会問題となりました。

スカートめくりや風呂のぞきは、現在では性犯罪とされます。日本国外では重大な刑罰もあり得るし、ノスタルジーで終わらせていいものでもありません。

他ならぬジャンプの作家複数名が性犯罪により連載中止、単行本絶版になったことがあります。現に軽くない被害が出ているのです。

それでも何も学ばず対策をしなければ、責任から逃げているだけでしょう。

このことを踏まえますと、炭治郎の言動が読者に悪影響を及ぼすという懸念は杞憂かと思われます。

そもそも炭治郎の性格はかなり個性的、先天性由来であり、ごく少数の者しか発現できないはずです。

例えば

「長男だから我慢できたけど 次男だったら我慢できなかった」

そう自分自身に言い聞かせ、激痛をものともしない長男がどの程度実在するか?

決して多くはないはず。

人の組織が安定的に行動できる人数として【ダンバー数】という概念があり、それは「150人」とされています。

その中に、グループを安定的に動かし、力の底上げをはかる炭治郎タイプは、1人か2人いれば十分でしょう。多すぎてもトラブルにつながりかねません。

ヒトの生存戦略として、彼のような個体をその割合で発現させるようにしてきたと考えれば、現実に数パーセントいるかいないかという少数派です。

鬼殺隊の他の隊員で、炭治郎と同じタイプの存在としては煉獄杏寿郎が挙げられます。責任感の強さは母親に似たとされていて、彼は強い者としての責務を全うすることを常に考えていました。

そして「うまい! うまい!」と駅弁を食べるあたりが、なかなかズレております。

最終回において、現代を生きる炭彦と桃寿郎が並んで走っていました。

似た者同士で、周囲からは「悪い人じゃないけど、なんか暑苦しいキャラだな」と思われがちなコンビなのかもしれません。

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集団内の発現率として、この二人を参考にすればよさそうです。

つまり、その程度の少数しか、真似しても彼のようになりきれず、先天性ともなれば、真似するまでもなく最初からある程度ズレてしまっている可能性もありましょう。

読者が炭治郎を真似して、社会の空気を変えるとは思えません。

そう簡単に悪影響を受けるほど、読者の頭がまっさらであるとも思えない。

むしろ私が懸念することは

「現実社会にいる炭治郎タイプが偏見にさらされているのではないか?」

ということです。

ズレた個性を【コミュ障】と片付けて理解せず、遠ざけ、時にはイジメたり、無視してしまう。残念なことに、こうしたケースはよくあるものです。

人と違ってズレている存在だって、グループにとっては必要なのに。

むしろいなければ解決できないことだってあるのに。

そういう事態を避けるためにも、炭治郎のような誰かのことを想像し、受け入れることが大事だと思うのです。

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