明治・大正・昭和

ヒグマの歴史~危険な羆と共生してきたアイヌと開拓民の対処法とは?

「なんもなんも!」

と、おおらかにコトを受け止めてくれて、食べきれないほどの料理でもてなしてくれる――。

広大な大地のような道産子たちでも、道民以外に口を出されると、真剣な眼差しで反論する話題があります。

ヒグマです。

「かわいそうだから殺処分しないで」とは、他府県の方たちが口にしがちな言葉でしょう。

しかし、実際に出没エリアにいる当事者にとっては、現在進行形で、生きるか死ぬかを分ける、獣害。

2021年6月18日には札幌市東区に現れたヒグマが自衛隊の基地へ入り込むなどして、隊員1名のほか市民3名の計4名がケガを負う事態にもなりました。

 

2023年にはOSO18の名で知られた個体が撃たれて話題になったり、その後も人の居住区に出没を繰り返す個体が表れたり、兎にも角にも恐ろしい存在であり、かつてはアイヌや開拓者も直面してきた北の猛獣――。

本稿ではヒグマの歴史を振り返ってみます。

熊の夜討ちは危険過ぎる

覚悟が無いなら早く立ち去った方がいい

弱い奴は食われる

ゴールデンカムイ』1巻より アシリパ(※文中一部アイヌ語表記が再現できていない箇所があります)

 


開拓者はヒグマと出会った

北海道開拓――。

ロマン溢れるようで、それは苦難の歴史の始まりでした。

明治維新という国のシステムが変わりゆく中、なかなか雑な開拓スタートであったとしか思えない状況があります。

戊辰戦争敗者の流刑と開拓が一石二鳥ではあった

最初期の開拓者は、仙台藩や会津藩出身者が多い。

政府側としては、憎悪を募らせていたことは否定できませんし、「武士の誉れを見せろ」というプレッシャーもありました。

根性論ありきで投げられた印象は拭えません。

※以下は「北海道開拓」の関連記事となります

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◆本州の農作物が育たない!

日本人の主食である米が育たない。

そのため、江戸時代は石高が計算されない土地でした。

いきなり主食もない土地へ向かった開拓者には過酷な運命が襲いかかります。

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◆人の命があまりに軽かった……

流刑者扱いの東北出身者、囚人、アイヌ、そして外国人……死んでも惜しまれぬ安い命が搾取された、そんな悲しい歴史がそこにはあるのです。

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◆知識不足

明治維新当時、蝦夷地の知識がなかったわけではありません。

そんな代表者として松浦武四郎がおります。

しかし、その松浦が辞任するほど北海道のスタートは波乱万丈でした。

明治初期は、維新と戊辰戦争の論功行賞が横行。適性や知識よりもこうしたことが重視され、ろくに知識がないまま開拓が実施される、おそろしい状態が続きました。

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こうした知識不足は、開拓者の命を容赦なく奪ってゆきます。

ろくに暖房も防寒具もないまま過ごさねばならない、北海道の冬。朝になれば室内まで凍りつくような中で、命を落とした者も少なくありません。

医療設備も貧弱ならば栄養も不足し、餓死や病死で命を落とす開拓者もいました。

そんなおそろしい死の中でも、こと“惨劇”という点では獣害による被害もあげられるのではないでしょうか。

北海道土産のシンボルに「熊出没注意」があります。

ステッカー、Tシャツ、そしてラーメン。今ではすっかりおなじみではありますが、そこにはおそろしい惨劇の歴史もありました。

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道民は絶えずヒグマ対策をしている

わかった、ヒグマが怖いのはわかった。

そんなに怖いのであれば、道民は対策すればいいじゃない! 今はもう開拓時代じゃあるまいし……と思われるでしょうか?

もちろん対策しております。

・電気柵

・有刺鉄線柵

・標識や看板の設置

最近の電気柵はソーラーパネル式もあり、進歩した技術とともにヒグマとの共生をめざしています。

そこまでいろいろしていても、都市部にやってきてしまう個体がいる。そうなれば猟友会の出動……そんな流れです。

既に十分な対策をしていても、それでも来てしまう。

そこで当事者以外の人々が「ヒグマを殺さないで! 道民は残酷!」というのは、やはり余計なお世話感は否めません。

生きるか死ぬか――という切羽詰まった状況があります。

 


ツキノワグマとヒグマの違いって?

道民は、ヒグマはじめ北海道の大自然を相手に奮闘し、これまで生きてきました。

それは知恵を身につける過程でもあります。

最初に、北海道の大地を踏みしめた開拓者は、クマを知らなかったわけではありません。

ツキノワグマの知識はありました。

しかし、このことがなまじ事態の悪化を招いた可能性は否定できません。

同じ熊だけに、共通点は多い。しかし、体格や食性は異なる部分があり、その違いが惨劇をもたらしたかもしれません。

具体的に比較してみますと……。

◆ツキノワグマ

生息地域:本州以南

体長:頭胴長(頭の先から尻)は110~130センチ

体重:オスが80キロ程度、メスは50キロ程度。ただし個体差が大きく、40キロほどのものもいれば、130キロほどのものもいる。最大の記録は220キロ

食性:草食性。甘いもの、果物、カボチャ、トウモロコシは最高のごちそうです。

注意点:餌となる木の実が豊作だったあと。あるいは食べる物が不足している。甘い農作物の味を覚えた。開発や風力発電等により、生活圏が脅かされてしまった。そうした条件が重なると、人里へやってきてしまいます。

遭遇を避けるためには、爆竹で大きな音を鳴らしたり、威嚇をすると効果的です。

畑に農作物を植えると、種類によってはクマを呼び寄せてしまいます。

人里で見かけた場合は、警察署に通報するしかありません。

人との遭遇:ツキノワグマは草食であり、人間との遭遇はあくまでアクシデントです。

「わっ! なんか怖いものに出会った! こっちに来ないで、やめて、嫌だ!」

そうびっくりして、爪や牙を振り回した結果、当たりどころが悪いと悲惨な結果をもたらしてしまうのです。

積極的に人と出会いたいとは考えておらず、ましてや遭遇を求める気持ちはありません。

◆ヒグマ

生息地域:北海道

体長:頭胴長(頭の先から尻)は200~230センチ

体重:150〜250キロ、400キロの個体記録もあり

ツキノワグマの体型は、人間とそこまで変わらないとも言えますが、一方でヒグマは、軽自動車くらいの重さの個体までいる。

「クマがかわいそうだから殺さないで!」

こう言われた時、想定する大きさが違います。まずはそこから認識すると良さそうです。

食性:草食性が主ではあるが、雑食。鮭やシカも食べる。つまり、犬、家畜、そして人間も食べるということ。

注意点:ツキノワグマと共通しておりますが、遭遇時を考えると何もかも危険性が増します。

人との遭遇:ツキノワグマと同じく、ヒグマにとっても不幸な偶然であることは確かです。

ただ、前述の通り体格さゆえに危険度が桁違いとなります。積極的に肉食を狙うこともないとは言い切れません。

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