田中正造

田中正造/国立国会図書館蔵

明治・大正・昭和

田中正造と足尾銅山鉱毒事件って無事に解決した?閉山は昭和48年だが

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田中正造と足尾銅山鉱毒事件
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死刑を覚悟でついに明治天皇へ直訴!

明治34年(1901年)12月。

正造は、最終手段に訴えることにしました。

明治天皇への直訴です。

議会で取り合ってもらえないなら、その上にいる天皇に訴えるというわけですね。

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しかし相手が相手ですから、道端で捕まえて立ち話なんて到底できません。

そこで正造は、鉱毒事件の経緯と被害地域の人々が苦しんでいることを手紙にまとめ、直訴状としました。

当時、天皇への直訴は重罪中の重罪です。

正造も政治家ですから、そこはきちんとわかっています。

即座に死刑になっても構わない、陛下へ伝えることさえできれば――そう覚悟を決め、妻に離縁状を残し、紋付袴で正装して天皇の馬車へと駆け寄ったのです。

「陛下!これをご覧ください!!」

しかし、馬車の中にいる明治天皇に直訴状が渡ることはなく、警官達に取り押さえられてしまったのでした……。

正造が死刑になることはありませんでした。

警察や政府としては、ここで有罪にしてしまうと、明治天皇に鉱毒事件がバレてしまうかもしれないと考えたのでしょう。

そうなれば責任を問われるのは自分たち。

実際の理由ははっきりしませんが、とにかく正造は死刑にならずにすみました。

通洞坑口/photo by Saigen Jiro wikipediaより引用

 

直訴が広く報道され 世論は正造に傾いた

直訴そのものは失敗しました。

代わりに直訴状の中身と「直訴をした」という事実が広く報道されます。

ここでやっと鉱毒事件が世の明るみに出ました。

「政府は何してんだ!」

「早く対策しろ!」

世論に押し切られ、再調査が実施。

その結果と対策は……

「渡良瀬川の途中に池を作ってさ、そこで毒を沈めちゃえばいいよね!洪水防止にもなるし!」

というお粗末なものでした。

しかも「場所を確保したいから、一つ村を潰すけどいいよね!」なんて横暴すぎる条件つきです。

当然、村民達は大反対しますが、村の土地は買収され、強制退去させられてしまいました。

この買収の際にも正造は村民の側に立ち、精力的に演説などを行っていましたが、先に体のほうが限界を迎えてしまいます。

古馴染みの人々へあいさつまわりに行く旅の途中、栃木県佐野市で倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまったのです。

その後も足尾銅山は稼動し続け、最終的に閉山したのはなんと昭和48年(1973年)。

正造の死から60年後のことでした。

 

足尾事件は終わらない?

閉山ですべてが解決したわけではありません。

精錬所は1980年代まで動いていましたし、関東大震災の際には渡良瀬川の下流から基準値を超える鉛が検出されております。

銅考え……じゃなくて、どう考えても足尾銅山の影響ですよね。

堤防やダムが作られたため、洪水が起きることはなくなりましたが、鉱毒事件は今も完全に解決したわけではないようです。

途中に戦争があり、科学的調査もウヤムヤなまま閉山に至ってしまったのですね。

松木堆積場/photo by Modeha wikipediaより引用

いくら国の近代化のためったって、あんまりな話でしょう。

この事件の背景には、有名政治家の子息がこの大手企業に関係していたため、抜本的な解決がされなかったという、信じられない歴史秘話があります。

運営会社の創立者は古河市兵衛さんというのですが、足尾銅山公害を担当したのは農商務省。

この農商務省の大臣・陸奥宗光の次男・陸奥潤吉が、なんと古河市兵衛の養子となっていたのです。

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つまり、どういうことだってば⁉

たとえば今だと原発を担当する経済産業省の大臣の子どもが、原発会社で働いているとか、そんな感じ?

いや~、まさか現代にそんなことはないですよね~~~。

渡良瀬川上流の松木川では、じつに山手線の内側の1/3もの面積の山林が裸地化したままとなり、豪雨などでの土砂災害が懸念され、現代においても国交省渡瀬川河川事務所が数億円の対策事業を発表しています。

まだ当時の被害の回復が残っているのです。

我々の生活は、自然を破壊することの上に成り立っておりますが、そこにはやはり一定の思慮、規制がなければなりませんね。

自然の回復は簡単なことではありません。

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【参考】
国史大辞典
国土交通省足尾銅山(→link
足尾銅山/wikipedia

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