鎌倉・室町

鎌倉時代の御家人は普通の武士と何が違う? 御恩と奉公、手続きにも注目!

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将軍に御目見得できるかできないか

鎌倉幕府が倒れた後も、御家人という単語は残りました。

後醍醐天皇建武の新政の際、この名称を廃止させたことがありますが、一年くらいで復帰しています。

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個人的には、これって、ただ単に後醍醐天皇が「“御家人”だと幕府っぽくてヤダ」って思ってただけなんじゃ? という気がしてしまいます。

いや、イメージ戦略は大事ですけども、建武の新政のアレコレからするとどうも……。

室町時代~戦国時代においても、誰かに仕えている武士のことを「御家人」と呼ぶ慣習は続いています。

さらに、江戸時代には再び「御家人」が幕臣の一カテゴリとして定められました。

幕臣というのは、江戸幕府に直接仕えた武士のこと。

具体的には

・旗本
・御家人

の2つに分類されます。

江戸時代の御家人は「1万石以下の所領を持ち、徳川将軍家に直接仕え、お目見え以下(=将軍に直接謁見できない)」の武士を指します。

お目見えができる武士は「旗本」といいました。

旗本の力は案外強く、大名家とのパイプ役になって、若年寄や各種奉行、老中との折衝役を務めていることも多々あります。

江戸時代はそれぞれの大名家が穏便にトラブルを解決するため、あっちこっちで旗本や御家人などを通じた連絡がよく行われていました。

ちなみに、大老とか老中とか、主に幕末になると、そういった言葉が目立つようになりますよね。

これは幕府内の役職の話であって、旗本や御家人とは全く考え方の違う話です。

詳細は以下の記事をご覧ください。

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とまぁ、鎌倉時代・室町&戦国時代・江戸時代では、「御家人」という言葉の意味が全く違ってきます。

武士の呼び名というところは共通ですが。

もしも受験生の方がおられましたら、そこまで問われることはないでしょうからご心配なく。

ただし、歴史関連のドラマや書籍をたしなむ際に、これを知っておくと理解度が俄然変わってきて面白くなります。

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長月 七紀・記

【参考】
国史大辞典
御家人/Wikipedia

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