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艦これブログ

第44隻 お盆なので戦艦「陸奥」のお墓参りに周防大島まで行ってきたった【艦これブログ番外編】

更新日:

 

一度は燃料の枯渇という危機に見舞われたものの、なんとか挽回して夏イベントをクリア。

ほっと一息ついた俺司令部でしたが……よく考えたらお盆休み艦これしかやってねぇ。これはあかんとお盆休みの最終日の朝、急遽どこかに出かけることにしました。できれば“艦これ”にまつわるスポットがいいのですが……。

 

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俺提督が住んでいる愛媛県松山市から一番近い“艦これ”の巡礼スポットといえば……戦艦「陸奥」が眠る周防大島でしょうか。そういえば「陸奥」が沈没地点を望む岬に、「陸奥記念館」があると聞いたことがあります。「陸奥」を愛する提督ならばぜひ一度は訪れるべきスポットと言えるでしょう。もしかしたら、連合艦隊の根拠地・柱島泊地で有名な柱島を見ることができるかもしれません。

――ってことで、さっそく行ってきた。

 

海の国道

伊保田港に着いた防予フェリー「しらきさん」

伊保田港に着いた防予フェリー「しらきさん」

「陸奥記念館」は山口県・周防大島の伊保田(いほた)港のそばにあるのだそうです。松山から伊保田へは、三津港から1日に往復4便ほどフェリーが出ています(山口県・柳井市を結ぶ便が寄港する)。運賃は松山~伊保田で往復4,420円也。

実はこの松山・三津港~伊保田港の区間は“海の国道”(国道473号線)なんですよね。

日本には27路線あるそうです(2009年現在)。スマートフォンで Google マップを見ると、ちゃんと航路に沿って走っています(悪名高きソフトバンク回線ですが、ちゃんと電波入ります!)。ちょっと新鮮ですね。

 

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GPS 機能でスピードも計ってみましたが、約 28km/h。これがだいたい15ノットなのだそうです。

駆逐艦や巡洋艦は最高でこの倍以上の速さで進んでいたんですね。僕が乗ったこの船は、総トン数は441トンとの由。軍艦の排水量に換算すると180トン程度になるでしょうか(40%程度が目安)。こういう比較に意味があるのかどうかはよくわかりませんが、吹雪型駆逐艦の1/10ってところですね(全長は1/2)。

 

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少しだけ船の大きさが実感できたような、まだよくわからないような。そんなことを考えながら、松山を出航すること約一時間。船が伊保田の港に入っていきました。

 

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するとなにか岬の方に――写真ではわかりにくいですが、肉眼だと――大きな飛行機のような物体が見えます。どうやらあそこの方に目指す「陸奥記念」などがありそう。バスもあるのですが、十分歩いていける距離なので、クルマに気を付けながら歩いていきます(人が少ないせいか、みんな割りとすごいスピードで走ってます!)。

 

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飛行艇「PS-1」

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港から見えていたのは、海上自衛隊でかつて使われていた飛行艇「PS-1」でした。

 

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近くで見るとなかなかの迫力!

飛行艇の特徴は、なんといっても水上に降り、水上から飛べることです。飛行機の黎明期では、飛行場があまり整備されておらず、また飛行機自体に余り信頼性がなかったせいもあって、広い水場があれば離着水できる飛行艇はかなり重宝されました。

 

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とくに日本は飛行艇の開発に力を入れていました。その代表ともいえるのが、太平洋戦争で活躍した「二式大艇(二式飛行艇)」です。大型で十分な火力と防御をもった二式大艇は、その高速性と航続距離の長さを活かし、長距離の偵察・爆撃に活躍しました。

しかし、陸上機の信頼性・機能が向上し、水難救助でもヘリコプターが利用されるようになっていくと、飛行艇の必要性は薄れていきます。それでも日本では小笠原諸島など、空港設備がなく、ヘリコプターで行くには遠すぎる遠島への緊急輸送などで飛行艇が活躍するため、戦後も二式大艇の DNA を引き継ぐ飛行艇が開発・運用されたのだそうです。

(実は「PS-1」はもともと対潜哨戒機として開発されましたが、対潜哨戒用途としては失敗、救難機に転用されました(US-1)。現在はその後継に当たる「US-2」などが活躍しています)。

 

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「陸奥記念館」

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ようやく、目的の「陸奥記念館」に到着です。「陸奥記念館」の周りは公園として整備されていて、海水浴やキャンプが楽しめるようになっています。ちいさな水族館も併設されていて、家族連れで行くと結構楽しそう。

 

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来館者をまず迎えてくれるのが、この大きな碇。「陸奥」にはこれが艦首両舷に2つ備え付けられており、これは右舷側の碇にあたるものだそう。

 

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入館料は大人で430円。併設の水族館と共通の入場券を買うと、あわせて580円です。結論から言うと、これはかなりリーズナブルなのではないでしょうか!

 

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中はこんな感じ。決して大きくはないけれど、じっくり見て回れば一時間では全然足りない、それぐらい充実した展示です。

 

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沈んだ「陸奥」から引き揚げられた品や、所縁のある品が所狭しと並べられています。改装を受けて煙突の形状が変わっていく姿の写真が時系列で展示されているのも面白かったですね。

 

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建造当時の「陸奥」は煙突が石炭用と重油用の二本、直立していたのですが、艦橋に近い重油ボイラーの煙突が想像以上に煙いので、煙が逆流しないように覆いをかけたり(無駄だった)――

 

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うしろにひん曲げたりして頑張りました(長門型のシンボルとして親しまれました)。

 

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最後の改装で、ボイラーの換装に伴い煙突は一本に。煙突一本取ってみても、いろいろ苦労あり、工夫あり(、いざこざありw)で、歴史ありって感じですね。

 

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もちろん「陸奥」の模型も。なぜか潜水母艦「長鯨」のモデルなんかもあったのだけど、あれはなんだったんだろう?

 

野外展示場

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野外にも展示場があって、そこではタダで「陸奥」から引き揚げられた副砲や艦首などが見られます。

 

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そして、その奥まったところに犠牲者を弔った「陸奥之碑」が建っています。

戦艦「陸奥」は、世界は軍縮に向けて動き出していた1921年(大正10年)に就役。当初はワシントン海軍軍縮条約が締結されると廃艦となる未完成艦のリストに入っていたのですが、強引に突貫工事で完成(?)させてしまいました。

当時、最強の40センチクラスの手法を備えた戦艦は、日本の「長門」とアメリカの「メリーランド」(コロラド級二番艦、ネームシップより先に竣工)しかなく、そこに「陸奥」が加われば日本が優位になってしまいます。結局、日本が「陸奥」を保有するのを認める代わりに、アメリカは三隻、イギリスは二隻の戦艦を追加保有(日米英併せてこれで「ビッグセブン」)することで交渉は妥結。「陸奥」にこだわらなければ日米で戦力が均衡していたのに、かえってアメリカに追い抜かれ、イギリスにも並ばれる羽目になりました。

生まれてこなかった方がマシ――一部ではそう囁かれていた「陸奥」ですが、国民の期待は相当なものでした。「長門と陸奥さえいれば、米英は日本に攻めてこない」と半ば信じられていたほどです。今日では帝国海軍の象徴と言えば「大和」であり「武蔵」ですが、両艦は秘密裏に建造されたこともあり、当時の国民にとっては煙突の曲がった「長門」と「陸奥」こそが帝国海軍の象徴だったのです。本州の北端と南端の国の名前を冠するにふさわしい艦だったといえるでしょう。

しかし、そんな「陸奥」も、結局太平洋戦争を未然に防ぐことはできませんでした。しかも後方に温存され、快速の重巡洋艦が活躍する中、なかなか会敵するチャンスが得られません。

そうこうするうちに、1943年(昭和18年)6月8日正午過ぎ。広島湾沖柱島泊地に停泊中、「陸奥」は三番砲塔付近の謎の爆発によって、一瞬で轟沈してしまいます(隣でメシ食ってた「扶桑」お姉さまはびっくりだったでしょう!)。乗員1,474人のうち助かったのは353人で、ほとんどが溺死ではなく爆死だったそうです。この事故は軍によって徹底的に秘匿されたので、一般に明るみになったのは戦後になってからのことでした。

 

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「陸奥」が沈んだ海も、この「陸奥之碑」から望めます。

一部で廃艦にすべきだったのではないかと言われつつも、国民の大きな期待を背負って建造された当時最強の戦艦「陸奥」。しかし、自慢の41㎝主砲を一度も敵に向かって放つことなく、1,000名を超える将兵を飲み込んで、この海に沈んでしまいました。姉の「長門」とはまた違いますが、これはこれで数奇で、虚しく、悲しい運命だなと感じます。

 

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おまけ

なお、「陸奥」が爆沈した原因に興味がある人は、

がお勧め。さまざまな調査・聞き取りをしながら、だんだん事件の核心に近づいていく筆致には、ついつい引き込まれてしまいます。――ただ、信じるかどうかはまた別の話ですが。

また、珍説(?)としてはこの本が挙げられます。「陸奥」が爆沈した地点は、ちょうど駆逐艦「潮」が誤って爆雷を落としてそのままにしてしまった地点なのだとか。もしその爆雷が原因だとしても、たかだか爆雷ひとつで「陸奥」が沈むとも思えませんが……。

ほかにもスパイ説なんかもあるみたいですね(そういえば海外の映画で軍港に潜入して軍艦を爆破するのを昔みたような。そんな感じですかね?)。もし「これが原因じゃね?」っていう新説があれば、ぜひ教えてください!

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艦隊これくしょん~艦これ~・攻略ブログ

 

文・ やなぎ ひでとし(33歳、独身♂)

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1980年、大阪府大阪市で爆誕。中学・高校時代は伊賀、大学時代は京都で過ごしたため、あちこちの言葉が混じった怪しい関西弁を操る。
現在は東京・千葉を経て、愛媛・松山に在住。普段はWindowsソフトウェアを専門とするフリーライターと、舞鶴鎮守府サーバーの提督(大将)の二足わらじ。
中国史(とくに春秋戦国時代など)が割りと好物で、好きな人物は漢の光武帝、尊敬するのは管仲・晏嬰。コーエイの『三国志』シリーズではもっぱら馬騰で遊んでいる。日本の武将では武田信玄が好き。

 





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