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【艦これブログ】 第96隻 戦艦「大和」所縁の「大和神社」へお参りしてきたった

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今月下旬のイベントに向けて準備を着々と進めている我が司令部ですが、皆さまはいかがお過ごしでしょうか。資源備蓄に忙しく、艦隊を動かせない。そんな場合は外に出てみましょう!

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――ということで、今回は愛媛からはるばる奈良へ。戦艦「大和」の艦内神社に分霊したという所縁のある「大和神社」へ詣でてきました。

 

大和神社

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大和神社(おおやまとじんじゃ)は、奈良県天理市にある神社。旧称は朝和之宮(あさわのみや)。式内社(名神大社)、二十二社(中七社)の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。

大和神社 - Wikipedia

日本最古の神社で、祭神は日本大国魂(やまとおおくにたま)大神。

倭大国魂神はもともと天照大神(あまてらすおおみかみ)とともに宮中に祀られていた同格の神様……だったはずですが、あんまり実態の分からない神様です。

『日本書紀』には、崇神天皇6年の条に登場。それによると、当時の大和盆地には疫病が流行っていました。原因はよくわからないのですが、どうやら倭大国魂神と天照大神を一緒くたにしてお祀りしていたのがよくないらしい。

そんなわけで、倭大国魂神を市磯邑に移して皇女・渟名城入姫命(ヌナキイリヒメ)に、天照大神を笠縫邑に移して皇女・豊鋤入姫命(トヨスキイリヒメ)に、それぞれ祭祀をやらせることになりました。

しかし、それで天照大神の方は収まったようですが、もともと大和の国の土地神であった倭大国魂神には気に入らなかったようです。征服者である天皇家の祭祀など受けぬ、ということなのでしょうか。ヌナキイリヒメは可哀想に髪がすべて抜け落ち、すっかりやせ衰えてしまいました。

そこで崇神天皇は、椎根津彦の子孫・市磯長尾市(イチシノナガオチ)に倭大国魂神を祀らせました。すると、ぴったり疫病が治まったのだそうな。

椎根津彦は神武東征で大和への水先案内人を務めた人物で、大和土着の氏族ではなさそうなのですが……そこはまぁ、お告げでイチシノナガオチがいいんじゃーと仰るのだから、それでいいのでしょう。神様って、ちょっとよくわかんないところある。

そんなわけで、この大和神社は、日本で一番古い神社(のうちのひとつ?)でもあるわけです。

 

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最初の鳥居をくぐり、歩を進めていくと、2つ目の鳥居が。バイクで来たのですが、「下馬」と書かれているのでここで降りたほうがよさげです(お尋ねしたら、1つ目の鳥居をくぐったすぐのところに駐車場があるので、そこへ停めるとよいよ、とのこと)。

 

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最初の鳥居の方を、振り返ってみました。これがこの神社の参道にあたるのでしょうか。参道の長さは、ちょうど戦艦「大和」の長さと同じなのだそうです。幅は5倍!! 改めてその大きさにビックリです。

 

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次は、お手水で手を清めましょう。

伊勢へ七たび 熊野へサンド 大和さんへは月まいり

というセールストークの語呂がよい。ドラゴンさんもカッコイイですね。

 

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いよいよ本殿へお参り!……と思ったのですが、左手にある「戦艦大和展示室」というのがどうにも気になって、覗いてみることにしました。

 

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なかには「大和」の模型がゴロゴロと! たまたまご一緒した老夫婦も「大和」の模型を製作したことがあるそうで(しかもかなり大きいの!)、いろいろ教えていただきました。呉の大和ミュージアムは是非行け、とのことなので、近いうちに行ってみようかなと思います。

 

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本殿。合掌、礼(=人=

大和神社は平安時代まで、伊勢の神宮に次ぐ広大な社領を抱え、栄えたそうですが、政治の中心が大和から京都へ移り、藤原氏が皇族をも上回る権勢を誇るようになるとやがて忘れられ、中世には社領をすべて失ってしまいました。

しかし、明治時代になると尊王の雰囲気が醸成され、本社にもスポットが当たるようになります。大和神社は官幣大社に列せられ、寺院作りになっていた社殿も、今の神社風に改められました。

 

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本殿へのお参りを済ませ、踵を返すと、左手に石碑が立っているのが見えるはず。これが戦艦大和を祀った碑です。

割と新しいもののようですが――

空前のミリタリーブームを追い風に、戦前東洋一の規模を誇る軍港のあった広島・呉の街が活気づいている。海事歴史科学館「大和ミュージアム」などの観光施設に多くの若者らが詰めかけているのだ。そんな中、新たに注目を集めているのが、呉港を望む丘にひっそりと建つ「大和(やまと)神社」(呉市宮原)。地元企業の社内神社なのだが、呉で建造された「戦艦大和」に同名の艦上神社があったことから、ネット上で同戦艦にちなむ神社と誤解され、“巡礼”するファンが絶えないという。

【関西の議論】「戦艦大和」由来の神社!? 誤解が生んだ呉の「大和神社」人気…軍事、ネトゲファン殺到し今や“聖地”に(1/3ページ) - 産経WEST

「本家のお株を奪われたくない!」という意識が垣間見える気がしますが、これは気にしすぎなのでしょうかw

左に見える建物は祖霊社で、戦艦「大和」のほか、巡洋艦「矢矧」ならびに、それに従っていた8隻の駆逐艦の乗員の英霊が合祀されているとのこと。4月7日には終戦70周年の戦没者慰霊際も催されるそうです。別に艦これブームだから……というわけでもないのでしょうが、最近はこうした慰霊祭も盛んにもよおされるようになったようで、それはそれでいいことなのかな、と思います。

 

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大和神社へのアクセスは、JR 長柄駅が最寄り。近鉄ならば天理駅で乗り換えです。

クルマ・バイクの場合は西名阪&名阪国道・天理インターを降りて南(桜井方面)へ20分ほどでしょうか? 大きな看板が立っているのですぐにわかると思います。駐車場はそれほど大きくないので、なるべくなら電車で来た方がよさそうですね。

 

 

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文・ やなぎ ひでとし(33歳、独身♂)

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1980年、大阪府大阪市で爆誕。中学・高校時代は伊賀、大学時代は京都で過ごしたため、あちこちの言葉が混じった怪しい関西弁を操る。
現在は東京・千葉を経て、愛媛・松山に在住。普段はWindowsソフトウェアを専門とするフリーライターと、舞鶴鎮守府サーバーの提督(大将)の二足わらじ。
中国史(とくに春秋戦国時代など)が割りと好物で、好きな人物は漢の光武帝、尊敬するのは管仲・晏嬰。コーエイの『三国志』シリーズではもっぱら馬騰で遊んでいる。日本の武将では武田信玄が好き。

 

 





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