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艦これブログ

【艦これブログ】第234隻 8月作戦の報酬をいただきました! / ウォースパイトさんの史実での暴れっぷりに驚嘆

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8月作戦の報酬をいただきました! 今回は「38.1cm Mk.I連装砲」と……

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「瑞雲 12型」。上位陣には「38.1cm Mk.I/N連装砲改」が配られたそうなのですが、今回は割と控えめな感じだなーって感じですね。まぁ、うれしいはうれしいんですけどね!

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ちなみに現在のランキングはこんな感じ。俺提督としてはいつものペースでのんびりやっているのですが、イベントが終わったせいかちょっとランキング入りのハードルは上がっているような。まぁ、まだこの程度ならラストスパートで挽回は可能かなって思うので、頑張ろうと思います。

ウォースパイトさんを改造したった

で、「38.1cm Mk.I連装砲」をもらったので思い出したのですが、この前「ウォースパイト」さんが改造レベル(75)に達したので、さくっとやってきました。

(最近音量絞って遊んでたので、音が小さくなってた/(^o^)\)

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初期装備は

  • 「38.1cm Mk.I連装砲」
  • 「QF 2ポンド8連装ポンポン砲」

ポンポン砲(Pom-Pom Gun)は対空火器として何かと有名ですな。たぶん名前がかわいいからだ。

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40mm の大火力が魅力で日本軍にも採用されましたが、故障が多かったため、後継装備に置き換えられていきました(40mm)。

それにしても、この艦のすごいところは初期状態で運が 70 もあること。「雪風」? Unkown な Ship ですね……。素の火力もイタリア艦を超えていて、しかも低燃費。

デメリットは、低速であること。そして、装甲が薄め。また、51cm砲は装備できない上、40㎝以上の大口径砲ではペナルティが課せられる恐れがあるので、装備を含めた火力では「大和」型などよりだいぶ劣りそう。射程は「長」だけど、パスタ砲を載せれば「超長」にできそうなのであまり問題なし。

全体的に言えば、「運がすごくいい低速な金剛型改二」っぽい感じで運用できそう。低速戦艦縛り&資源の浪費が激しいマップでは頼りになるかも。(ただし、マンスリー任務「「水上打撃部隊」南方へ!」で低速戦艦枠に入れられないなど、微妙な注意点はある)。

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「ウォースパイト(Warspite)」は、クイーン・エリザベス級戦艦2番艦として1912年10月31日、デヴォンポート海軍工廠で起工されました。デヴォンポート海軍基地はプリマスの近くにある軍港で、西ヨーロッパで最大規模の軍港なのだそうな。

ちなみにおなじ英国生まれの「金剛」は、ヴィッカース社のバロー=イン=ファーネス造船所で1911年に起工されたのだそう。割と同年代なんですね。

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コンセプト的には、主砲はデカく、そのかわり1基減らしてその分機関にあて速力にパラメーターを振った感じ。装甲も薄めで、「速力こそ最大の防御」。これがたたって異常に運のよい「ウォースパイト」以外は防御不足に悩まされたようですが、のちに活躍した「高速戦艦」の草分け的な存在といえますね。艦これでは低速だけどな!!

就役したのは第一次世界大戦中の1915年3月8日。それまでに一度座礁事故を起こしているうえ、12月には訓練中に妹(3番艦)の「バーラム」と衝突事故をおこして大破するなど、割とドジっ子属性が高い感じ。

初陣は1916年5月のユトランド海戦。このときはドイツ海軍の砲弾を15発もくらって大破。妹(4番艦)の「ヴァリアント」と衝突しそうになったので回頭したところ舵をやられ、同じ場所をグルグルさまよう羽目になりました。しかし、それがかえって瀕死の装甲巡洋艦「ウォーリア」から敵艦の狙いを引き継ぐことになるというのだから戦というのはわからない。九死に一生を得た「ウォーリア」にはたっぷり感謝されたようで、なかなかの初陣となりましたね。ただし、このとき負った舵の傷は、長らく彼女を悩ませたようです。

その後、「ウォースパイト」は修理のため本国へ帰還。途中、潜水艦に2度襲われるも2度とも魚雷が不発に終わるという強運を発揮、敵潜水艦の体当たりもかわして無事に本国へ辿りつき、修理を終えることができました。のちに撃沈とかもしてるし、潜水艦にもやたら強い

まぁ、復帰直後の8月に「ヴァリアント」と衝突して、また入院したのは秘密。翌年には駆逐艦とも衝突したりましましたが、同じころ先輩の「ヴァンガード」が弾薬庫の爆発で沈んだのに比べれば、全然大丈夫ですよね! そのあとも「ウォースパイト」はボイラー火災をやったりしつつ、第一次世界大戦を過ごします。

戦間期は大西洋艦隊に所属し、地中海をぶらぶら。近代化改修をやったり、観艦式に参加したりと、この海域での旗艦として割と忙しい日々を過ごしたようです。

第二次世界大戦がはじまると地中海から呼び出され、船団護衛に従事。1940年4月にドイツ軍がノルウェーへ侵攻するとそちらへ駆り出され、Uボートを艦載機で撃沈したり(大戦初の航空機による潜水艦撃沈)、フィヨルドに突入して敵駆逐艦8隻をボコボコにしたりしました。

気分を良くした「ウォースパイト」さんはその後、本来の任務地である地中海に舞い戻ります。まずは船団護衛中に遭遇したイタリア海軍をボコる(カラブリア沖海戦)。このときは戦艦「ジュリオ・チェザーレ」に対し26,000ヤード(約24キロ)のロングショットをキメています。姉妹艦「バーラム」はUボートにより撃沈、「クイーン・エリザベス」と「ヴァリアント」はアレクサンドリアで特殊工作員による攻撃で大破着底(これはなにか有名な映画がありましたね! 面白かった記憶ある)するなか、対地砲撃や海戦で暴れまくり。1941年3月のマタパン岬沖海戦では、艦これでもおなじみの「ザラ」「ポーラ」を含む巡洋艦3隻と駆逐艦2隻を夜戦でボコって血祭りにあげています。そら、時報ボイスで逃走しますわ。

「It's nine o'clock now. あ、アレは確か、イタリアの重巡達。Hello! ...って、あれ? なんで逃げるの!? ま、待って!」

被害に遭ったイタリア重巡の某氏

被害に遭ったイタリア重巡の某氏

9月に空襲空襲で負傷するまでの戦績は見事で、「第二次世界大戦でもっとも活躍した戦艦」という評価にも頷けますな。

そんなこんなで地中海でやれることはだいたいやった感じのある「ウォースパイト」。次の敵は、真珠湾を不意打ち攻撃(異説ありw)して太平洋戦争の口火を切った日本でした。1942年1月、アメリカで行っていた修理もそこそこに、インド洋に展開する東洋艦隊へ合流、旗艦となります。麾下の艦隊は、低速の「リヴェンジ」級戦艦4隻と空母「ハーミーズ」の旧式艦隊、そして「ウォースパイト」と「フォーミダブル」「インドミタブル」の空母2隻からなる高速起動部隊でした。

しかし、東洋では持ち前の武運を十分に発揮できなかったようで、日本の起動部隊に旧式艦隊を喪失。機動部隊は無事でしたが、日本海軍と刃(?)を交わす機会は得られませんでした。

その後、戦闘の部隊は太平洋に移ったので、「ウォースパイト」は本国へ帰還。なんか古傷の舵がうずいたみたいで、喜望峰を回るときに難儀したっぽいですが、5月には本国へ到着し、6月には元気に地中海へ出撃していったようです。ところが、ここでドイツ軍の反攻作戦に遭遇。1943年9月、ドイツ軍の誘導爆弾フリッツXを三発くらってしまいました。

「It's ten o'clock now. あら、Italiaさん。Romaさん。え? フレッ...ツ...あ、アレは駄目よ。アレは、駄目だわ。私、アレだけは、苦手...。」

このときの被害はかなりヤバかったようで、1発は水上機格納庫に命中、主甲板を貫いて機関区で爆発。もう一発はバルジを貫いてボイラー室を破壊しました。「ウォースパイト」は5,000tの水を飲みこんで右側へ5度傾斜。6基あるボイラーのうち稼働できるのは1基のみという重傷を負います。これほどの被害にもかかわらず、犠牲者が少なかったのはさすが運70といったところですが。

ドイツが開発した誘導弾。ほんま、ドイツの科学力はぱねーな! フリッツX - Wikipedia

ドイツが開発した誘導弾。ほんま、ドイツの科学力はぱねーな! フリッツX - Wikipedia

このときの傷は完全には癒えず、復帰後もボイラーの一部は動かず、速度は約21ノット。主砲も4基中2基しか稼働しない状態でした。それでもノルマンディー上陸作戦などの作戦を支援。機雷を踏んで大破し、速力が15ノットに落ちても戦い続けました。そして、11月のワルヘレン島砲撃を最後に予備役へ編入。記念館として保存される計画も持ち上がりましたが結局実現せず、1947年にスクラップとして売却されました。

なお、解体所へ向かう途中、嵐で錨が外れ座礁したのは秘密。「オールド・レディ」は座礁で始まった艦歴を、キレイに座礁で〆たのでした。

 

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文・ やなぎ ひでとし(33歳、独身♂)

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1980年、大阪府大阪市で爆誕。中学・高校時代は伊賀、大学時代は京都で過ごしたため、あちこちの言葉が混じった怪しい関西弁を操る。
現在は東京・千葉を経て、愛媛・松山に在住。普段はWindowsソフトウェアを専門とするフリーライターと、舞鶴鎮守府サーバーの提督(大将)の二足わらじ。
中国史(とくに春秋戦国時代など)が割りと好物で、好きな人物は漢の光武帝、尊敬するのは管仲・晏嬰。コーエイの『三国志』シリーズではもっぱら馬騰で遊んでいる。日本の武将では武田信玄が好き。

 





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