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【訃報】冷戦下のポーランド元大統領の死去と、幻の「科学忍者隊ガッチャマン」秘話

更新日:

ポーランドの元大統領、ウォイチェフ・ヤルゼルスキ氏が25日に亡くなられました。享年90。47ニュースなどが報じていますね。ご冥福をお祈りします。

若い頃の写真(Wikipediaより)

若い頃の写真(Wikipediaより)

 

冷戦時代の東欧の舵取りを任されたヤルゼルスキ氏

第2次大戦中、ソ連支援下のポーランド軍に入隊。1981年に国防相を兼任したまま首相に就任。国内で民主化運動が高まったことに対抗して同年12月に戒厳令を布告。82年、ワレサ委員長率いる自主管理労組「連帯」を非合法化した。89~90年に大統領を務めた。

47ニュースさんの報道より部分引用させて貰いました。この件を読んで、当時の事を思い出しました。ちょうど大学受験を控えた18歳のワタクシメ。
世間は「プラハの春の時みたいに、ソ連が軍事介入するのではないか」とか「そうなったらレーガン大統領率いるアメリカが、どう出るのか」と言った憶測で騒然としていました。「もし、戦争になったら、大学に受かっても意味無いかも」との不安感もあって、現役での合格はなりませんでした(涙)。いや、実際それぐらい騒然とした感じだったんです。駐日大使が亡命したぐらいでしたし。

ウィキペディアの日本語版には「その後も高まる民主化運動への対抗策として1981年12月13日にポーランド全土に戒厳令を布告したものの、民衆の民主化要求にそむくこの行為は、共産圏を除く世界各国から激しい非難を浴びる結果となる」ともあります。

正直、日本では左派系の新聞は甘い感じの報道姿勢だったように記憶しておりますが、ともあれ、難しい局面での舵取りをせざるを得なかったのが、ヤルゼルスキ氏でした。

 

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1981年の戒厳令でのガッチャマンな秘話

さて、この1981年12月13日の戒厳令布告には、秘めたる裏話がございます。多分、本邦初の披露となるかもねって話です。

緊急性に鑑み、ヤルゼルスキ氏は国営TVの通常番組を中断して戒厳令を布告していました。で、本来流れる番組が何だったか?

「科学忍者隊ガッチャマン」だったんです。

「え〜っ」って話でしょ? このアニメ、「惑星戦争」(Wojna planet)というタイトルでポーランドでも放映されていたのですわ。

ウィキペディアのポーランド語版を自動英訳すると、次のように書かれていました。

この作品はアメリカなど各国で放映されたが、それに当たって多くの変更があった。血なまぐさい場面があったら修正されたり、放映そのものがされなかったりした。血が流れる場面は「消された」し、登場人物の名前もアメリカ風になった。ロボットの7ザーク7というキャラクターが加えられた。

ポーランドでは、アメリカ版を購入し、題名もポーランド語に翻訳した上で踏襲した。もっとも、平和的な内容の番組を放映するという局側のポリシーから、主人公らのチーム名はGフォースになった。(中略)ポーランドでは全82話の中で71話が放映された。11〜13話と19話、33話と46話、そして最終回は放映されなかったのである。

子供にしたら、「そんな殺生な!」って話ですよね。

 

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ポーランドのマンガ団体に直撃取材したところ

最終回の1つ前の話は、病魔に蝕まれたメンバーの1人、「コンドルのジョー」が、出撃を免ぜられたのに密かに敵地に潜入し…という展開。当時のポーランドの子供達にしたら「どうなるのよ!?」と思っていた筈なんですよね。

にもかかわらず、大人の事情でお預け状態になってしまった訳ですから、実に酷い話です。

…実は、こう言う裏事情を知り、ポーランドにある日本美術技術博物館 MANGGHA マンガというサイトに問い合わせておりました。窓口となって頂いたアンナ・チャスカという方から「メールに書いてくださったお話は聞いたことがありません」と、流暢な日本語での返事が。チャスカ氏は1982年の生まれ。つまり戒厳令の布告より後の世代。こういうのにも時の流れを痛感しました。

晩年のヤルゼルスキ氏を、ウィキの日本語版は次のように報じています。

政界を引退してからの彼は回想録を出版した後、ポーランド政府から年金を受け取って生活していた。しかし2007年4月17日、1981年の戒厳令布告の際の民主化弾圧の責任を問われ、ポーランド検察によって起訴された。高齢であることを考慮され、自宅から毎月裁判所に出廷することを許された。弁護側は、ヤルゼルスキが、あの時戒厳令を布告して民主化運動を取り締まらねばソ連が介入してきたはずであり、結果的にポーランドの独立を守ったと主張したが、検察側は、ソ連はポーランド内政に干渉しないという当時のソ連指導部の文書を提示し、ヤルゼルスキ側の弁論に反論した。有罪ならば懲役10年程度が予想されていた。

懲役経験のある作家の安部譲二さんによると、「検事に情を憎まれる」との言葉が、任侠の世界にはあるそうです。裁判官の心証を悪くするという意味合いなのだそうです。

当時そうした辛い経験をした子供達が、ちょうど今の裁判官や検事などで脂の乗りきった世代になっている事を考えると、仮に生きて裁判が続いたとしたら、当人には厳しい判決が出ていたかもしれません。

その意味で、こうやって天寿を全うした事は、当人にとって救いになったのかも。それにしても、こういう切り口で訃報を解説するサイト、他には無いだろうなぁ。

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takosaburou・記

 

 





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