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やっぱり織田信長は長宗我部元親の「四国切り取り」を認めていた! 裏付け史料を解明

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土佐の豪族から始まり、わずか一代で四国全土を統一した長宗我部元親

この偉業を成し遂げるにあたり元親が事前に織田信長とよしみを通じ、いわゆる「四国切り取り(平定してもOK)」の確認を得ていたことの裏付けとなる史料が判明したと、林原美術館と岡山県立博物館が共同で発表した。

中島重房・忠秀書状 天正6年(1578)11月24日/林原美術館公式サイトより引用

裏付けがとれた史料とは、林原美術館に所蔵されている「石谷家文書」で、長宗我部元親の家臣・中島重房が天正6年(1578年)、明智家の石谷頼辰・斎藤利三に宛てたもの。

その中には、織田信長から長宗我部元親に対して送られた「四国を平定してもよい」という朱印状への謝意が綴られており、送り主の中島は、阿波勝瑞城を落とせば淡路や讃岐も決着を付けられるという見通しを持っていたことが明らかになった。

史料の内容は赤外線で解析され、天正6年の時点で織田家と長宗我部家の関係が良好だったことを裏付ける貴重なものとなっている。(なお本能寺の変は天正10年)

赤外線で明らかになった史料(右)/林原美術館公式HPより引用

また、今回の史料は、明智光秀が起こした本能寺の変が、もともと四国の動乱に起因しているのでは?という説を補完するカタチともなっており、特に注目されている。

というのも、織田信長は天正9年、四国を平定した長宗我部に対して、突如、領国は土佐と阿波の一部とすることを命令。この一件で両家の仲は極めて険悪となり、間に立たされたのが明智家だったのだ。

明智家では、重臣の斎藤利三が長宗我部と婚姻関係にあり、この織田信長の横暴により、光秀と共に苦境に陥ったことから謀反を起こしたとしても決して不自然な話ではないとして、本能寺の変四国説が浮かび上がってくる。

実際、2014年6月23日に同美術館・博物館から発表された史料では、本能寺の変直前に長宗我部と明智で書状のヤリトリが交わされていたことが明らかになっており(詳細はコチラ)、公開された中島重房の書状はその史料をさらに裏付けする重要な内容となっている。

近衛前久の書状 天正11年(1583)2月20日/林原美術館公式HPより引用

今回、同美術館・博物館によって発表された書状の中には、近衛前久が石谷頼辰へ送った書状も含まれており、前久が織田・長宗我部の両家をとりなそうとしていたことも明らかになっている。

近衛前久は織田信長と旧知の間柄であり、四国を巡る緊張感がいかに影響を及ぼしていたかを物語っているだろう。

一方で、今回発表された書状群からは、一度は信長と対決を決意した長宗我部が信長の意向に従う=屈服するというものもあり、これは信長の四国征伐自体が「存在しない」という驚きの展開の可能性もでている。そうすると、本能寺の変のときに堺にいた織田信孝の四国方面軍は、「和平調停」の使節団程度となり、明智光秀にとっては、謀反の動機が消えて(四国問題は解決)、一方で畿内に大兵力がない(四国方面軍はなかった)ことになり、より信長にとっては隙ができることとも考えられるからだ。

これほど、戦国史に踏む込む新出の史料はまれといえよう。

この史料の詳細に目を通されたい方は、吉川弘文館さんより本日発売された『石谷家文書 将軍側近のみた戦国乱世』をご覧あれ。

 

【参考】林原美術館プレスリリース

【関連記事】本能寺の変直前に土佐の長宗我部元親と明智光秀との書状のやりとり判明




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