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スペイン、500年以上のときを経てユダヤ人追放を謝罪へ

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「過ちては則ち改むるに憚(はばか)ること勿(なか)れ」と昔の人は言ってはりますけど、またこれは長い時間をかけて改めはったって感じですわ。

スペインの下院議会が、1492年に当時の領内でユダヤ人に対して行った迫害や追放を謝罪し、子孫の市民権の取得の緩和を行う法案を可決したそうです。

英国のガーディアンが報じています(2015年6月12日付け)。

レコンキスタと宗教裁判が同時進行した結果

1492年と言えば、皆様もピンと来られましょう。そう、コロンブスがアメリカ大陸に到達した年ですね。この頃のスペインは、新しい領土征服欲に燃える一方、長年イスラム教徒に征服されていた国土の回復(レコンキスタ運動)を同時進行させるなど、エネルギッシュな時代でした。

もっとも、そのエネルギーが良い面ばかりなら良かったのでしょうが、負の面にも向けられていました。それが宗教裁判(異端審問)でした。

ウィキペディアの日本語版から引用させて頂きます。

カスティーリャ王国のイザベルとアラゴン王国のフェルナンド2世の結婚(1469年)レコンキスタの完了(1492年)により、スペインに待望の統一王権が誕生した。
フェルナンド2世にとって国内の一致のためにも、表面上はキリスト教に改宗しながら実際には自分たちの信仰を守っていたモリスコ、コンベルソの存在が邪魔なものになっていた。
フェルナンド2世は異端審問のシステムを用いれば、これらの人々を排斥し、政敵を打ち倒すことができると考えた。
さらにフェルナンドはユダヤ人金融業者から多額の債務を負っていたため、もし金融業者たちを異端審問によって社会的に抹殺できれば債務が帳消しになるという思惑もあった。

サイトより画像も引用させて頂きます。お金を借りるだけ借りて、随分酷い話ですね。

現在、スペインでは保守系の党が政権を握っていまして、改宗を強制したり、火あぶりに処した当時の所業を「歴史的な間違いだった」と反省しています。

「この法律は、過去と現在と未来に生きる我々の姿勢を大いに語るものである。オープンに、そして多様性を認め、寛容なスペインになろう」と、ラファエル・カタラ法相は意気込みを語っています。

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スペイン系ユダヤ人に二重国籍を認める

今回可決された法律は10月から効力を持ちます。セファルディック系ユダヤ人と呼ばれるスペイン人を先祖に持つ人達を対象に、二重国籍を認める事を目的としています。

日本ではセファルディムとも訳されています。ウィキペディア日本語版から再度引用させて頂きます。

セファルディム(Sephardim, ספרדים)は、ディアスポラのユダヤ人の内、主にスペイン・ポルトガルまたはイタリア、トルコなどの南欧諸国に15世紀前後に定住した者を指す言葉。それ以前については目下不明である。セファルディーム、スファラディ(Sephardi, ספרדי)、スペイン系ユダヤ人などとも言う。

1924年以前の法律では、こうしたセファルディック系ユダヤ人に国籍を与える事に自由裁量権があり、住んでいる人に根を上げさせて国籍を放棄させる事もあったそうです。つまり、90年ほど前まで悪政が続いていたという訳なのです。

今回の法律では隣接するポルトガルやアンドラ、そして元植民地に在住していた人にだけ与えられる二重国籍を、こうした人達にも与える事を謳っています。与党2党が賛成し、可決に至ったそうです。

スペイン政府の推計では、約9万人が市民権を取得出来るだろうとしています。もっとも、子孫がどのぐらいいるかは正確には分からないとの事です。

イスラエルのツィピ・リブニ外務副大臣は、こうした措置を「スペインでのユダヤ人の長年の歴史を尊重したものだ」と歓迎しています。

またスペイン系ユダヤ人コミュニティ協会の会長を務めるアイザック・クェラブ会長も、「歴史的であり、重大であり、涙無くして受け止められない」と、法案の可決を喜んでいます。この協会はスペインから追放され、北アフリカで亡命生活を余儀無くされた人達の子孫で形成されているのだそうです。

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では追放したイスラム教徒の子孫はどうなる?

既に市民権取得の準備をなさっている方もおられます。ポルトガルのリスボン在住のケリー・ベノウェディス・バシリオという元教授さん(70歳)。もっとも、スペインに住む予定は無いそうです。モロッコ北東部のアルカサルキビルで、追放されたスペイン系ユダヤ人の子孫として生まれ、その後、結婚を通じてポルトガルの市民権を得ました。

そんなバシリオさんは、スペインにルーツを持つユダヤ系言語の1つであるハケティア語の子守歌を学んだ事がありました。「ユダヤの文化にとって伝統と記憶は大変重要だ」と話しています。

なお、申請の道筋ですが、在住地域でのラビ(ユダヤ教の僧侶)かスペイン協会による審査を受ける必要があるそうです。また、スペイン語やスペイン文化に関する試験に合格し、「特別な繋がりがある」事を証明する必要があります。申請でスペインを訪れるのは、本人の自腹だそうです。また、申請を認める今回の法律は3年後に失効しますが、必要なら延長するかもしれないとの事です。

こうした具体的な申請手順に不満を持っているユダヤ系の方々もいます。ラテン諸国からイスラエルに移住した人達で構成される協会のトップを務めているレオン・アミラス氏は、手順をクリアする期間が長すぎるし、コストも馬鹿にならないとしています。入国手続きが煩雑だという事情もあるようです。

確かに、モロッコなどの北アフリカからならまだしも、同じスペイン語圏の中南米からだと、おっしゃるように金もかかりそうですね。

また、議会で審議中の際に、ガブリエル・エロリアガという議員さんが、追放された人達であるとの動かぬ証拠が必要だと発言する一幕もありました。これまたおっしゃる通りで、なりすましは怖いですよね。
ちなみに、歴史家の推計もまちまちで、正確な数は出ていないのですが、イザベル・フェルディナンド体制になる以前は約20万人のユダヤ人が住んでいたとされています。改宗に応じた人達もいましたが、そうでなかった人は当時のオスマントルコやバルカン諸国、そして北アフリカや中南米を目指しました。戻って来たら死刑になった事もあったそうです。

セファルディック系ユダヤ人は、世界全体で約350万人いるとされています。全員が申請したら、それはそれで大変な気がしますが、これも負の過去の克服という事なのでしょう。

なお、スペインでは1992年に当時の国王だったフアン・カルロス1世がマドリードのシナゴーグ(ユダヤ教の寺院)を訪れ、「過去に正しくない行為があった」と謝罪するなど、そうした克服を重ねて来ました。

ただ、ガーディアンの別の記事によると、「じゃあ、当時追放したイスラム教徒の子孫の扱いはどうなるんだ?」という意見もあるようです。それもまた負の過去な訳で、大変ですね。

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