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最古のミルク画?南アフリカの洞窟で4万9000年前のミルクを絵の具にした壁画発見

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南アフリカのシブドゥー洞窟で、約4万9000年前の壁画が見つかりました。何と、ミルクを絵の具に使っていたのだそうです。

俗に「乳白色」と申しますが、実際に絵を描くのに使えるとはビックリ。古代人、知恵があったんですね〜。

パストホライゾンズという考古学のサイトが報じています(2015年7月1日付け)。

サイトより写真を引用させて頂きます。保存状態は良いようですね。

発見したのはアメリカのコロラド大学ボールダー校と南アフリカのウィットウォーターズランド大学。約4万9000年前の絵だと推定しています。

興味深いのは絵の具。天然の黄土(黄色と赤色、茶色が出せる顔料)とミルクを使っていたのだそうです。どうやら当時の住人が自分達を飾り立てたり、石や木材の厚板に塗りつけていたのを、絵を描くのにも応用していたようです。

黄土を使っていた例は、欧州やアフリカで少なくとも25万年まで遡る事が出来るそうですが、今回ミルクと混ぜて使った事例は南アフリカで初めてだと、コロラド大学の自然史キュレーターを務め、今回の発掘にも関わっているパオラ・ヴィラ氏は語っています。

ちなみに、人の母乳ではなく、バッファローかインパラもしくはクゥドゥなどから採取したのだろうと推定しています。

アフリカン・バッファロー=ウィキペディア英語版より

エランド=ウィキペディア英語版より


クゥドゥ=ウィキペディア英語版より

旧石器人がミルクの価値を知っていた?

「絵の具の使用については今後の調査を待たねばならないが、ミルクと黄土の使用という今回の発見には驚いている。畜産牛が南アフリカに導入される以前の時代の発見だからだ。野生の牛から得ていたのであれば、当時の人達が既にミルクの価値や重要性に気づいていたという事になる」とヴィラ氏。

見つかったシブドゥー洞窟は、南アフリカのクワズール・ナタール北部にあります。

地図にすると、ここら当たりだそうです。インド洋側ですね。

約7万7000万円〰3万8000年前の石器時代中期に人が住み着いたとされています。この時代の黄土だけを使った遺物は数多く見つかっていますが、ミルクと混ぜていた事例は今回が初めて。化学結合材として使われていたのだろうと、ヴィラ氏は推定しているそうです。

今回の発見は南アフリカのプロスワンという専門誌でも発表されています。イタリア古生物学研究所とナポリのモンテ・サン・アンゲロ大学、それにスイスのジュネーブ大学と英国のオックスフォード大学の共著による論文との事ですから、相当力が入っていますね。

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ボディーペイントで白く彩っていた?

ちなみに、南アフリカで畜産牛が定着したのは2000年前から1000年前(ヴィラ氏による)との事ですから、比較的最近となりましょうか。

南アフリカの野牛には、出産時に群れから離れる習性があります。それが当時のハンターには容易に狩りが出来る理由になっていたのだろうと、ヴィラ氏は考えているそうです。

こうして作った絵の具を塗布器に入れて使ってペインティングしていた模様でして、発掘チームではハイテクを使った化学分析を更に行っていくとしています。なお、そうした分析からミルクに含まれるカセインというタンパク質が発見され、それが決め手になったようです。

ちなみに、黄土の方は一番古いので25万年前に使われていた事例が見つかっています。12万5000年前には、絵の具として完全に定着していたそうです。

つまり、この壁画が出来た時点では、先祖伝来の手法だった訳ですが、それに新味を加えたい芸術家がいたという事ですね。

また、ミルク以外に松脂や天然ゴムの一種と混ぜ合わせて粘着性を持たせ、石斧と木のシャフトの接着剤としても使われた事例も見つかっています。恐らく、ボディペイントや皮をなめすのにも使われていただろうと、ヴィラ氏は推測しています。同氏によると、南アフリカのブロンボス洞窟にあった石器時代中期の遺跡から、約10万年前の骨髄の脂肪と黄土が混ぜられた遺物が見つかっているとの事です。

ボディペインティングは土着のサン族の習慣でもあり、そうした人達を描いた像の壁画が見つかっています。ミルクと黄土をボディペインティングに使っていた民族学の報告はありませんが、隣国のナミビアではヒンバ族が黄土とバターを混ぜて体や髪の毛や皮革物に塗っている事例はあると、ヴィラ氏は語っています。

ちなみに、学校法人 日本分析化学専門学校のブログによると、ミルクを使って絵の具を作る実験が行われています。結合材として使用可能なのだそうです。実験に参加していた高校生は驚いていた様子ですが、こうした知恵を当時の南アフリカ人が持っていたのには脱帽ですね。

ブログより引用

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