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大リーグの野球賭博や八百長歴一覧(前編) 海の向こうのジャイアンツ選手はなんと100年前に……

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週刊文春さん、凄いですね。巨人選手の野球賭博、笠原サンに続き高木京介投手の名前まで出てきました。「この問題の責任を取って、渡辺恒雄最高顧問、白石興二郎オーナー、桃井恒和球団会長の3人が辞任する意向であることを発表しました」(NHKのHPより)と、一体どこまで傷口が広がるやら。

そんな訳で、今回は歴代大リーガーでの野球賭博や八百長などに関わり、追放され選手達を追いかけてみました。

 

最古の事例は1865年

参考にさせて頂いたのはウィキペディア英語版の「大リーグへの関与を禁止された人達のリスト」(List of people banned from Major League Baseball)。

この記事では、1920年の大リーグのコミッショナー職設置を分水嶺とし、それ以前と以後に分けています。また、記事によると、1865年から1920年までの間に追放処分された選手など関係者は14人。うち12人が野球賭博や八百長試合への関与が原因でした。

本稿では、こうした賭博や八百長を中心に処分を受けた選手をみていきましょう。

 

まず最古の事例は1865年。ニューヨーク・ミューチュアルズというチームのトーマス・デビール、エド・ダッフィー、ウィリアム・ウェンズリーの3選手。ギャンブラーとの交際が理由でしたが、後に3人とも復帰しています。

次がルイスビル・グレイズ所属のジョージ・ベックテル。1876年に500ドル(現在の価値に換算して1万1100ドル)と引き換えにわざと試合に負けようと画策。ところが、チームメイトと共謀する際に電報を使うヘマをやらかします。

結局、チームメイトにも「俺はそんな選手じゃない」と断られ、事はならず。それどころか悪事が発覚し、当時のナショナル・リーグから出場停止処分となります。以後、球界復帰はならなかったとの事で、没年もはっきりしていません(ウィキペディア英語版の本人の項目より)。元祖追放第1号でしょう。

なお、同じチームから翌年にはジム・デブリンとジョージ・ホール、アル・ニコラスとビル・クレイバーの4選手が八百長負けをしたとして永久追放処分。次から次へと出てくる当たり、読売サンそっくりですね。ただ、今日に至るまで、クレイバーについては確たる証拠が出てきていません。本人が捜査に協力しなかった事が原因のようです。

選手以外にも審判や監督、それにオーナーや球団所属の医師などが八百長その他の不正に関わって追放処分などになっていたそうですから、色々とあったのですね。

 

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そして1919年、ジャイアンツの選手が!

やがて20世紀に入りますが、こうした不正行為は止みませんでした。

誰しも知っているのは、ブラックソックス事件でしょうが、余りに有名なのでパス(ウィキペディアの日本語版にも詳しいですしね)。

実は同じ時期に、ある1人の選手の悪事が露見し、追放処分に遭っていますので、こちらを紹介しましょう。

Hal Chase(ハル・チェース)/wikipediaより引用

ハル・チェースという1塁手。こんな面構えをしています(ウィキペディア英語版の本人欄より)。

1883年2月13日生まれで、1905年にプロ入り。最初の所属は、ニューヨーク・ハイランダーズ(後のヤンキース)でした。

「比類無き守備力と素晴らしい打撃力」(ウィキペディア英語版の本人欄より)を兼ね備えた選手だったのですが、黒い噂がつきまとっていました。ハイランダースに在籍中の1910年にプレイイング・マネジャーだった頃に八百長試合に関与していた節があるとの指摘が球団関係者からあり、1913年6月にトレードされてシカゴ・ホワイトソックス入り。1対2のトレードでした。

ただ、こちらでも長続きせず(ちなみに、後に有名となる同球団の『ブラックソックス事件』では選手とギャンブラーとの仲介をしたとの噂が浮上しましたが、今日に至るまで公式に確認はされていません)、翌1914年にはバッファロー・ブルースにトレード。そしてブルースが所属していたフェデラル・リーグというのが解散し、1916年にはシンシナティ・レッズに移籍し、ここでキッチリ3割3分9厘の好成績を残して首位打者に輝きます。

ただ、レッズ在籍中の1918年にも同僚のジミー・リング投手に当時の金で50ドルを渡し、ジャイアンツ戦で負けるように工作したとの疑惑が浮上。当時のクリスティー・マシューソン監督が噂を聞き、シーズン途中から出場を停止させ、チームが所属するナショナル・リーグに告発しました。が、当時のリーグ会長だったジョン・ヘイドラーは無罪にしてしまいます。もっとも、後にスポーツライターにプライベートに答えたところによると「野球賭博に関わっていると信じていたが、決定的な証拠が掴めなかった」からだったそうです。

ちなみに、マシューソンは第一次世界大戦に出征した際に誤って訓練中に毒ガスを吸ってしまい、呼吸器系が弱って投手しての生命を縮めています。そして、監督歴も2年。疑惑が未解明のまま幕引きとなった同じ年に辞任しています。1925年に45歳の若さで亡くなっています。ストレスも拍車をかけていたのでしょうね。

 

一方、チェースは1919年2月19日にジャイアンツにトレード。…あら、何の偶然か、こちらもジャイアンツですね(汗)。そして、とうとう動かぬ証拠を突きつけられます。

同年のシーズン終了後に、何者かが匿名でヘイドラー宛てに封書を郵送。中を開けると、チェースが当時の金で500ドル(現在の金では約7000ドル相当)を賭博の胴元から受け取っていた事を示す証拠のコピーでした。そう、掴めなかった「決定的な証拠」だったのです。

ヘイドラーはジャイアンツのオーナーだったチャールズ・ストーンハムに対し、チェースの放出を命令。他のチームもサインをしなかったので、実質的に追放処分となってしまいました。

ちなみに、同じ年に上記のブラックソックス事件が起きていますが、発覚は翌年の1920年です。球界のスキャンダルって、噴き出すときは同時多発的なんでしょうかね。

 

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野球界への未練は捨てきれず

その後、シカゴの大陪審に起訴されたものの、既に移住していたカリフォルニア州政府は、逮捕状に不備があるとして引き渡しを拒否し、危うく塀の中に落ちる事だけは免れました。

1920年にミッション・リーグという団体と契約。野球への未練が捨てきれなかったのですね。で、懲りたら良いものを、今度は太平洋海岸リーグのソルトレイク・ビーズのスパイダー・バウム投手に八百長を持ちかけたり、アンパイアを買収しようと画策しています。

そうこうする内に、ホワイトソックスの事件を受けての改革として、MLBコミッショナー職が1920年に設置されます。初代として就任したケネソー・M・ランディスはイリノイ州北部地区連邦地方裁判所の元判事。ランディスは八百長に関わった選手は、実際に負けなくても(つまり八百長を承諾した時点で)、厳罰に処する方針を打ち出し、チェースの復帰の目は永久になくなりました。

本人はメキシコに流れ、かの地でプロ野球リーグの設立を画策しますが、これを知ったアメリカン・リーグの会長だったバン・ジョンソンは、国外追放にしろとの圧力をかけました。すっかり嫌われたもので、完全に身から出た錆ですね。

それでも、選手としての活躍それ自体は各方面に鮮烈だったらしく、野球殿堂が1936年に設立された際に、殿堂入りの支持票を11票集めました。総投票数の4.9%だったそうです。その後、1937年の投票では18票(9%)を集めています。殿堂入りするには75%の支持を集めないといけなかったのですが、ゼロでなかった事にファンの愛惜を感じられます。

 

晩年はアリゾナやカリフォルニアをうろうろしながら、安い賃金の仕事に就いていたそうです。野球で賭博をした事を後悔する発言もしていたとの事ですが、時既に遅し、でしょう。第二次世界大戦後の1947年に64歳で没。

実働14年で生涯平均打率は2割9部1厘。ホームランこそ57本ですが、941打点に363盗塁ですから、こういう悪さをしでかさなければ、余裕で殿堂入りしていた事でしょう。実際、1981年に刊行された「大リーグ通史で振り返る偉大な100選手」(The 100 Greatest Baseball Players of All Time)という著書では、チェースが選ばれているほどです。愚かでもあり、惜しくもありますね。

高木京介投手も、何時か悔いを口にするのでしょうか。いや、もうしているのかもしれませんが。

 

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