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3700年前古代バビロニアの碑に三角法の定理! インディー・ジョーンズのモデルが発掘していた

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小中高と、数学が全くできなかったワタクシメ。先生とも相性が悪かったなぁ(って、誰も聞いてませんね)。

そんな数学の歴史を書き換える大発見がイラクでありました。

今から約3700年前の古代バビロニア時代の碑に脚光が浴びせられ、中身を読んだところ三角法とよばれる数学の定理について書かれていた事が判明したのです。

三角法が記されていた古代バビロニア碑/テレグラフ紙より引用

従来、この分野を発見・発展させてきたのは古代ギリシャ人とされていたため、鑑定した考古学者だけでなく、数学者もビックリ。
しかも、解法が古代ギリシャのそれより洗練されていたので2度ビックリしてるんですって。

イラク人、誇りにしてエエと思うで。

英国のテレグラフ紙が報じています(2017年8月24日付け)。

 

そもそも三角法って何ぞや?

詳細に入る前に、まずは三角法という定理についてウィキペディア日本語版より引用させていただきます。

三角法(さんかくほう)とは、三角形の角の大きさと辺の長さの間の関係の研究を基礎として、他の幾何学的図形の各要素の量的関係や、測量などへの応用を研究する数学の学問領域の一つである[1][2][3]。様々な数学の分野の中でもきわめて古くから存在し、測量や天文学上の計算などの実用上の要求と密接に関連して生まれたものである(→歴史)。三角法と数表を用いることで、直接に測ることの難しい長さを良い精度で求めることができる(→応用分野)。三角法は平面三角法、球面三角法、その他の三角法に分けられる[3](→平面三角法、→球面三角法、→その他の三角法)。三角関数は歴史的には三角法から派生して生まれた関数である(→三角関数)。

測量は土木工事をする上で重要ですので、当時から研究が進んでいたのでしょう。こうした分野は、古代ギリシャ人が発見・発展させてきたと考えられていました。

しかし、この碑は更に1500年も遡って発見・研究されていた事を示す内容だったのです。

碑はプリンプトン332と名付けられていました。
1900年代はじめ、アメリカの考古学者であり、外交官でもあったエドガー・バンクスという人がイラク南部のラ・ルーシャという遺跡で発見。その後、長い間保管されていたという訳で、いわば二重の発掘となりましょうか。

なお、このバンクスは、かのインディー・ジョーンズのキャラ作りの際にモデルとされたのですって。「へー」って感じですね。

そんな碑に脚光を浴びせたのが、ニュー・サウス・ウェールズ大学。「世界最古で、最も正確な三角法の定理が書かれていた!」と、興奮を隠せない様子で、恐らくは神殿や宮殿や運河の工事の際に使われていたのだろうと推測しています。

 

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十進数では無く、六十進数で計算していた

なお、当時のバビロニア人は今のように十進数で計算していたのではなく、六十進数で計算していたそうです(英語ではsexagesimal systemと言います)。

この方が3で割るのが簡単ですので、遥かに正確な計算ができただろうと数学者は解説。
分析に当たった同大学のダニエル・マンスフィールド博士(数学や統計学が専門の方です)は「プリムトン322を調査したところ、角度や円ではなく、比率をもとにした新しい種類の三角法を使って直角三角形が描かれていた事がわかりました」と解説なさっています。

「疑いも無く、天才の偉業です。碑は世界最古の三角法の記載書であるばかりか、計算式や幾何学に対するバビロニア人の全く違うと言って良いほどのアプローチなんです。無論、正確なものです」

 

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あまりのエレガントさに、現代の数学専門家も大興奮!

数学の教育法という見地からも考えさせられるそうです。

「この定理は、3000年近く世界に普及こそしなかったものの、現代の測量、コンピュータグラフィックス、教育に実用的な応用が可能なのです。古代世界が全く新しい事を教えてくれた珍しい例です」

エライ興奮してはりますなー(棒読み)。そういや、高校の時の数ⅡBの先生が、こんな調子で熱く語ってはったなぁ。こっちは脳味噌が猿なもんで、全く理解できなかったんですが(って誰も聞いてませんね)。

さて、今回の発見で霞んでしまいそうなのがヒッパルコスという古代ギリシャの天文学者。紀元前120年頃の人で、今までは「三角法の父」と呼ばれていました。
というのも、この人の残した「円に於けるコード法」と呼ばれる解説書が、世界最古の三角法についての記述とされていたからです。

ヒッパルコス/wikipediaより引用

ヒッパルコスは、既に判明している比率を使って、直角三角形の2つの未知の比率を割り出していました。 しかし、今回の発見は、ヒッパルコスよりも遥か昔に、古代バビロニア人がエレガントな方法で解法していたというのが「図式」となりましょう。

ちなみに、碑が作られたのは紀元前1822年から1762年にかけてだろうとされています。

現在はニューヨークのコロンビア大学の稀覯本図書館に収蔵。
研究結果は国際数学史委員会が発行する「ヒストリア・マスマティカ」という専門誌に掲載されているそうです。

たぶん読んでも全く理解できないだろうけど、取り敢えず凄いという話だというのだけは分かった。

にしても、ヒッパルコスはん気の毒でんな。
まぁ、天文学者として名声も上げた方ですので、これによって歴史から忘れ去られる訳ではないのでしょうけど。

今のギリシャ人にしたら心中複雑かも?

南如水・記

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【参考】テレグラフ紙

 





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